もうこのblog見てない人も多いと思います
なんせ8ヶ月書いてないから(笑)
でも伝えたい事があります

私はずっと病気の事このblogで書き続けてきました
その後前行ってた病院に病院を変えました
読んでた方からしてはあれだけいい先生に会えたのにって思うと思いますがやっと自分が落ち着き
本当の自分に向き合っても大丈夫な自分になり昔ひどかった時するどく私の病気に気付いたはっきら言う先生
先生は私をみたがったけど私はその時はその先生が苦手だった
でも先生の出す薬は適確で色んな所に勉強に行ってる私の県で唯一小児精神科がみれる先生だった
先生は最後に困ったら私に頼りなさいと父に告げていたらしい
私は六歳からパニック発作だった為いつか自分が先生の言葉に傷つくことなく受け入れれるようになれば行こうと思ってた
それが今だと思って病院先生も変えた
その病院に行くと通ってる小学生の子供がよく先生に手紙を書いたり絵を書いたりして渡してた
それを貰って子供と接している先生を見て私が小さい時この先生がいたらきっと変わってただろうと思ったし今ほど苦しくなかったかもしれないと思った
先生は子供たちにすごく優しくてまんべんの笑みの先生を見て
こうゆう先生は日本に必要だと思ったし私も先生に手紙が書きたいとかたくさんの事を思った
先生は前見て貰ってた先生と違い毎日電話に出て貰えるわけでもなく決まった曜日の午前中のみで私的には無理だと思ってた
出張も多いし
でも自分がいつまでも先生に甘えてばがりではいけないし旦那もいるし親もいるんだからと強く思う事に決めた
今の病院になってからも私は入退院を繰り返してるけどはじめの入院の時に先生に私は子供たちが羨ましい話をして先生が私に手紙を書いたら読んでくれると言ったのでがむしゃらにずっと思ってきた我慢してきた思いを書いて書きまくった
先生は何枚も読んでくれてカルテにいつも私の手紙ははさんである
先生に入院の診察の時私は何でこんな苦しい病気になったのか聞いた
先生はびっくりな発言をした
生まれつきの先天性の知的障害だと
あなたはまったくわるくない
今まで自分を責めすぎていたと
何で私は公立高校に受かったの

と聞いたらあなたがあなたの頑張れるレベルを超えたから
きっとできなくて苦しかったはずだって
確かに私は勉強ができなくて家庭教師と塾で毎日でやって1番下ギリギリの公立に通った
保育士は

と聞くと
子供の面倒を見たり子供の目線になるのは自分の脳が子供に近いから得意だし子供にも好かれるはず
でも書類とかは人一倍苦労したでしょ

と言われ
当たっててあなたはできるわけない知能を頑張りすぎて結果病気になったのと言われました
軽度知的障害先生が言うには小学生から中学1年までのレベルが私の知能レベル
そう見えないのはあなたが普通出来ない事を頑張ってきたから
頑張りすぎてオーバーしてしまった状態
全て頭の中で何もかもが当たっててでも今までわからず自分のせいにしていた苦しかった
それが今なくなった
生まれつきの言葉に自分のせいではないとゆう安心から涙が溢れて先生の前で私は大泣きをした
三年前先生に見てもらった時IQを調べた結果普通の人は100はあるところ私は68だった
80以下は軽度精神遅滞というらしい
人間IQは高い人低い人いるけど100ない時点で普通ではないらしい
中学1年か小学6年の知能の私が公立高校へ行き保育士を四年間したことはびっくりするぐらい頑張ったとしか言いようはなく先生は私に大人に対しての話しかけかたではなく子供に対しての話しかけ方だった
三年前他のクリニックで調べた時私は聞いてなかったとゆうか病状がかなり悪かった為親がクリニックの先生から告げられた結果が知恵おくれと出たらしく親は食って掛かって文句を言ったらしい
公立高校も行って短大も行って保育士も四年間してるのにそんなわけないと
でも結果は同じとゆうことで何ヵ月か前にも2回ほど検査をして67とゆう同じく軽度精神遅滞とゆう数字が出てしまった
自分では検査はすごく頑張ったつもりだけど結局同じだった
調べによると障害を持って生まれるとまず第一次障害がでる
それが私は六歳からのパニック障害
第二次は私は結婚してからの躁鬱病らしい
私の場合は自分では頭が悪い事を気付いていたものの親がそんなわけないといい続けてきた事により最大に頑張る限度を超しまだ頑張り続けることによって脳や神経などおかしなことになり破裂してしまった
親は未だ微妙に信じていないが旦那は完全に信じているしそうではないかと少し私が幼稚なことで気付いていたらしい
私は人格障害ではなかった
でもそれを見抜ける先生は今の先生しかいなかった
その後何回か入退院を繰り返し今の薬は新薬でうつ病ではセロトニンとノルアドレニン

とかゆうのの両方をコントロールする薬が今まではなかったが私には両方に効く薬が必要で今それを飲んでます
普通の先生は躁鬱の場合上がりすぎるのを怖がり警戒するんですが上り下りをうまく調節する波がやわらかくなる薬も飲んでます
ずっとできなかった料理も今では毎日作れるようになって今年はなんといっても花火を見れた事で私は感動して涙が出ました
毎年本当は行きたいのに体がゆうことをきかず枕を噛み締めて泣いていました
3年ぶりに見れた花火は一度はお父さんお母さんと旦那と見て二度目はお母さんが特別席の券をとってくれて目の前で大きな花火を見ました
見た時私は生きててよかった
あの時死にたいと思ったって何百回ぐらいあります
でも生きてこうやって旦那やお母さんと見れてる事がきっとみんなにとっての普通の事が私にとってはおっきなものでこれを見る為に生きてたのかなって思うと感無量でした
生きるって辛い事
でも幸せはあっとゆう間にすぎてしまう
私はこれからはあの花火のようにおっきく生きたい
たくさんの人とふれあいたい
一緒に見ている旦那の事もお母さんの事も家にいるお父さんの事も違うとこでみてる家族や親戚友達たくさんの人を大切に助け合って生きていきたい
そしてあの花火のように大きな夢をかなえたい
私の夢は小さなお店をもつこと
ほんわかした私だけにしか作れないお店
私にしかつくれない味のある手芸品や手作りだらけのかわいいお店
以前フリーマーケットをしていた時元旦那が言っていた私のファン

入院の時裁縫を私がいつもしていたら看護婦さんたちはいつも言ってくれる
可愛いねって
どうやったらそんなアイディアが浮かぶの

とか欲しいって言ってくれる優しい看護婦さんにはプレゼントした
世界に一つしかないものが私には作れるんだって嬉しかった
だから絶対かなえたい
どこにもないお店
くると優しい気持ちになるお店
損得は私は気にしない
また行きたくなる私と話したくなる

お店
きっと知的障害があるぶん苦労して頑張ったぶん私は右脳が発達してるんだって思う
前は知的障害を親のせいにした
でも違う
私は生まれてきてよかった
プラスに考えよう
感謝しよう
私が生まれてきたことに
私を産んでくれて育ててくれたことに
私は私
障害も私
いろんな私がいる
今はそれが嬉しくて仕方ない
私は先生からは普通に働けないって言われてる
だけど自分のペースでできる内職を探した
コツコツ貯めて夢をかなえる
今始まるbestofmylife
今始めるbestofmylife
スーパーフライの歌
私の生活は今から始まる今から始めるもの
30の私だけど遅くはない
まだ30だって思う焦らず自分の道を歩く
一歩下がってもゆっくり歩く
生きていれば辛い事なんてたくさんある
でもきっと人は一人じゃないから手を繋げば怖くない
支えあうことも大切
私は普通の30歳より多くの経験やあらゆる人を見てきた気がする
とくに精神病院には色んな人との出会いがあった
鍵だらけの自由の少ない毎日
なのに高い入院費
障害を持ってる人は私にはない大きな優しさと苦労があった
でも苦労とも思ってなく自分が優しいとも思ってなくて心が洗われた
病院の外に出ると偏見の目で見られる
でも私は絶対に見ない
人はそれを個性ってなんで表現できないんだろうっていつも思う
私はよく親にゆう
働けるって本当に嬉しい事だって
働きたくないとか言ってても働けない雇って貰えない私とかもいる
働けなくなった時にわかるこのさみしさ
私は慣れたけどでも働きたい
でもいつか私にも幸せはくるって信じてるし掴む
最近自分の頭の悪さや幼稚さに笑える
苦労はたくさんあったはずなのに年齢の首のしわが私にはないらしい
未成年に見られる事も多々ある
私はいつ成人するんだ(笑)
でもそれはきっと神様がくれたものかもしれない
幼稚な発想のおかげかもしれない(笑)
妹の旦那さんとも久々に会話できて嬉しかった
妹の子供ともたくさん遊べて嬉しかった
あの子は私の生まれてこれなかった赤ちゃんの生まれ変わりでは全くない(笑)
まず賢い
まず要領がよい
まず運動神経がよい
完全に妹とゆうか昔の妹でした
だからか本当は難しいんだろうけど私にとっては扱いやすい子供でした(笑)
保育士の経験が生かせる年齢にもなって嬉しい
それに少し面倒みただけでいつも眠れない私がポックリ寝てました(笑)
今年の夏は本当に楽しかった
毎年自律神経に悩まされるし精神的に夏はあまり動いてはいけない時期って先生は言ってたけど
1番食べた夏だったね!
旦那も暑い中病気もせず働いてるのはやっぱり私が作りすぎぐらい料理をしたからかもしれないね(笑)
後はお米や野菜を作ってくれるおじいちゃんおばあちゃんのおかげで色んな料理が作りたくなり台所にいる時間が増えたね
楽しく料理ができた
只今アイスピックで指をやられ今日病院に行って料理ができるか微妙だけど作りたいのは作りたい
私の新薬が氷が食べたくなる副作用と体重増加の副作用がありアイスピックにやられてしまいました
今後は負けません(笑)
なんかだらだら長くなっちゃいました
ごめんなさい
私の病気を伝えたかったのによく意味がわからなくなり
やっぱり精神遅滞はむずかしいですね
でもまあ私は元気って事です
それでわ
いつもながらのごきげんようです