「昴‐すばる‐」とともに谷村新司の初期の代表曲の1つと目されている「群青」(1981)は、映画「連合艦隊」(1981)の主題歌として書き下ろされたものであった。この曲のシングルレコードはおそらくこの映画の上映スケジュールとの関係性を意識してリリースされたのであろうからやや時期が遅くなっているものの、先にこの曲を収録してリリースされたアルバム「海を渡る蝶」(1981)はこの曲がコンセプトの核となるものとして構成されたものらしく感じられる。それは「序曲」と注記がつけられて冒頭に置かれた表題曲「海を渡る蝶」の歌詞に「群青」との親近性がみとめられるためである。
このアルバムのアレンジャーは青木望と服部克久の2人が前作アルバム「昴‐すばる‐」(1980)からの引き続きとなっており、もう1人の前田憲男は「昴‐すばる‐」の1つ前のアルバム「喝采」(1979)からの復活となる。3つのアルバムとも青木は核となるアレンジャーとして参加しているが、次作アルバム「JADE‐翡翠‐」(1982)では難波正司にその座を譲っているので、さながらこの3つのアルバムは三部作と扱いたくなるものである。そう言いたくなるくらい、この「海を渡る蝶」も重量級のアルバムであり、特に前作アルバム「昴‐すばる‐」との作風の近接ぶりが色濃く感じられる。なお、アルバムのアートワークも黒地に谷村の横顔が写っているもので、「喝采」「昴‐すばる‐」と同じような雰囲気を受け継ぎつつ、やや「昴‐すばる‐」寄りと言いたくなる味わいだ。
前記のとおり冒頭が「序曲」と銘打たれた表題曲「海を渡る蝶」で、これのみ前田の編曲だが(あとはシングル関連の曲が服部担当でその他が青木担当)、前田としては意外にも重厚なクラシカルさを感じさせる。「群青」との歌詞の親近性について先にも触れたが、このアルバムにおけるもう1曲のシングル曲「天狼」とも関連性があり、おそらく書かれたのはこの両曲の後になるのだろう。海を渡る蝶はアサギマダラとして実在することが知られており、谷村が着想の元としたのかは定かではないが、戦前の詩人の安西冬衛が書いた一行詩の最高傑作といわれる「てふてふが一匹 韃靼海峡を 渡って行った。」を連想させる曲である。
続く「愛」はシングルレコード「群青」のB面に置かれた曲。「海を渡る蝶」に比べるとずっと慎ましやかにはじまる、しみじみとしたものだ。この曲も詞が物々しいが、あまり誇張を感じさせず清々しく響くのは詞と曲のマッチングが優れているためだろう。3曲目「花束‐最後の汽笛‐」はようやく少しくつろいだ雰囲気で安堵させる。なお、前作アルバム「昴‐すばる‐」にも「終着駅」というコンセプトの近い曲が収録されていたが、曲調はやや異なる。
LPでいうA面最後の曲は先行シングル曲にあたる「天狼」。「白き狼」という暗喩により孤独な魂を鼓舞するかのような歌だが、天狼とはシリウスの別名でもあるので、プレアデス星団の和名である昴から雰囲気を継承しているといえなくもない。前半のクライマックスを暖かく力強く締めくくってくれる。
LPでいうB面冒頭はタンゴっぽい曲調の「浅き夢」で雰囲気がガラッと変わる。続く「冬の雁」はA面の「花束‐最後の汽笛‐」に近いタッチの軽やかな曲だが、やや諦観を感じるものがある。そして3曲目が「群青」。特に、物々しく長いピアノ主体のイントロのインパクトが強烈。ここで出てくる花は冬薔薇だが、やはりこの曲も、戦前に愛誦されたという高屋窓秋の代表的な俳句「ちるさくら海あをければ海へちる」が思い出される。大きく盛り上がった「群青」の後を承けて、最後の曲はさながらモノローグのように物静かな「砂漠」。海の曲・空の曲と来て最後に砂漠の曲が置かれているのはスケール感を出したいからなのかもしれないが、いささか寂しすぎる結びになっているといえなくもない^^;