当サイトで採り上げるアルバムの順番はアーティストのローテーションと当該アーティストのアルバム発表年代を意識して決めていますが、その結果郷ひろみの「LABYRINTH」(1985)の次の回が来生たかおの「LABYRINTH II」(1991)になるという椿事になりました^^;
来生の「LABYRINTH」(1984)といえばポール・モーリア(1925〜2006)のプロデュース及びアレンジになる傑作アルバムだが、おそらく来生のデビュー15周年記念に際して再度同じような趣向のアルバムを制作できないものか、来生サイドからモーリアに対して打診したのだろうと推測される。しかし、モーリア側としては前回やりたいことはやりきったという意識もあって本人が参画するということはなかった替わりに、ポール・モーリア・グランド・オーケストラの若手アーティストがアレンジャーに起用されるに到ったということだろう。録音スタジオや演奏者のデータを参照するかぎり、同オーケストラのメンバーが録音にも参加しているとみられる。
来生のセルフカバーアルバムといえば、前記「LABYRINTH」に先立って「Visitor」(1983)も知られているが、最初の「Visitor」の収録曲が発表当時の近作に偏っていたのに対して「LABYRINTH」は比較的新旧まんべんなく採られているという印象であった。しかし、こちらの「LABYRINTH II」はほぼ70年代末〜80年代なかばの作品からの選曲になっていて近作の収録が極端に少ないというのが寂しい。15周年にあたりこれまで陽の当たらなかった旧作を再評価してほしいという意識もあったのだろうが、前後のアルバムの発表状況などを鑑みるといささかの退潮感を禁じえない^^; 「LABYRINTH」というタイトルを冠したのにふさわしいストリングス主体の美しいサウンドが聴けるアルバムではあるが、前作に比して守勢に回りすぎていて清新さという面では弱い気もする。
冒頭、「With」は小堺一機のデビュー曲になったもの(1986)。ピアノ主体のイントロからロマンティックな雰囲気に満ちている名曲だ。歌詞は小堺自身のエピソードに基づいて書かれたものだというが、来生本人の曲でも感じられるような「穏やかな日常の大切さ」といったものがテーマとなっていて違和感のないものになっている。続く「ひと月ののち」は市川染五郎(現在の二代目松本白鸚)に提供された1978年の曲。こちらはギターのしらべがメランコリックで回顧的な曲調である。
3曲目「めざめ」は平井菜水のデビュー曲(1990)だが、詞が西田佐知子の手になる。むろん来生は作曲家として姉のえつこ以外の作詞家と組むことも珍しくないが、歌手デビュー25周年記念アルバム「Dear my company」(2000)で方針転換するまではセルフカバーアルバムであってもえつこ以外の作詞家を採り上げるのは甚だ異例であり、ほかに「楽園のDoor」(小倉めぐみ作詞)・「美しい女」(山川啓介作詞)ぐらいしか思いつかない。曲の出来によほど自信があったからと思いたいところだが、このアルバムの収録曲で近作といえるのはこれとギルバート・オサリバンとの競作になった「出会えてよかった」しかないだけに、テレビ番組のエンディングテーマとして採用された曲だという話題性優先での選曲?という感が拭えない^^; むろんいい曲ではあると思うが。
4曲目「すべて霧の中」は高橋真梨子への提供曲(1980)。後半にオサリバンのイギリスでの最初のヒット曲とされる「Nothing Rhymed」(1970)に影響を受けたというメロディがあるそうで、「出会えてよかった」との関連での選曲か。しかし、この曲と次の「いとしいあした」はいささか暗すぎる曲調が続いて、救われない思いがする^^; 「いとしいあした」は雪村いづみへの提供曲(1983)で、ドラマの主題歌になったものだという。来生自身は救いのある前向きな愛の歌として作ったと述懐しているが、悲劇的なテーマを扱ったというドラマの主題歌であったためとみられる重苦しさは感じられる。
このアルバムもLPは存在しないが(カセットテープは出ているようである)、A面B面を意識しているかのように6曲目「鏡の向こう側」で明るく場面転換をしている。これは桑江知子への提供曲で、桑江のデビューアルバム「Born Free 野性に生まれて」(1979)に「私のハートはストップモーション」とともに収録されている。続く「まぶしい二人で」は中森明菜への提供曲(1984)。中森にはデビュー曲「スローモーション」と初期の代表曲「セカンド・ラブ」(ともに1982)を提供していて特に後者は大ヒットしているだけに、中森への提供曲には相応の思い入れがあったのだろう。「Visitor」ではこの2曲を含む3曲・「LABYRINTH」では表題曲に準じていて来生がシングル曲に選んでいる「白いラビリンス(迷い)」と、3つのセルフカバーアルバムいずれにも中森への提供曲が含まれていることになる。これはある意味ゲン担ぎのようなところもあるのかもしれないが^^; とはいえ、この「まぶしい二人で」はほかの提供曲に比べるとくつろいだ雰囲気のある、心地よい曲だ。
8曲目「罪な雨」は早川英梨(のちに二名敦子と改名)への提供曲(1981)で、のちに倉橋ルイ子がシングル曲としてカバーしている(1983)。なかなかアグレッシブな曲調だが、来生本人がリリース当初のコンサートツアーで歌うのを回避したという難曲だそうな^^; 次の「シルエット」は伊東ゆかりへの提供曲(1978)。来生の述懐によるとサラサーテのヴァイオリン小品として有名な「ツィゴイネルワイゼン」がヒントになった曲だそうだが、言われてみると冒頭のメロディやらサビの部分やら確かにこの曲冒頭の効果音にも使われる有名なメロディに似ている気がする^^; しかし、「ツィゴイネルワイゼン」の重々しいフレーズに対してこの曲はメランコリックな表情が強く、受ける印象はかなり違う。このあたりの違いをうまく引き出せたという自負がこのアルバムに選んだ理由なのかもしれない。
最後の曲「出会えてよかった」はギルバート・オサリバンに提供されているが、来生本人のシングルリリースと同時期なので競作とされている。ただしオサリバンは日本語の詞ではなく、自身で書いた英語の詞を歌っている。オサリバンの歌唱は「あの日の僕をさがして」(1991)の日本盤収録だが、英盤においても2013年の再発の際ボーナストラックとして追加されている。ちなみにこの「あの日の僕をさがして」では「ぼくときみのラヴ・ソング」において来生がデュエットとして参加していて、同様に2013年盤のボーナストラックとして収録された。来生にとってオサリバンは「大明神」と仰ぐほどのファンであり実作上の影響も受けた存在であったため曲の提供の話のあった際は信じられなかったばかりでなく大きなプレッシャーであったそうだが、いかにもそのなかで書かれたと思わせる気迫があり、この時期の来生の作品としては若々しい勢いが感じられると思う。なお、この曲のみアレンジに星勝も参画しており、演奏メンバーにも若干の違いがある。