大瀧詠一の代表的なアルバム「A LONG VACATION」(1981)中の1曲「FUN×4」に、五十嵐浩晃はコーラスとして参加している。その返礼ということなのか、五十嵐同年のシングル曲「想い出のサマーソング」では大瀧が杉真理と共にコーラスとして参加している(レコーディングの前後関係は判然としないが、リリースは「FUN×4」→「想い出のサマーソング」の順)。このエピソードをもって五十嵐をナイアガラ系統のアーティストとして数える向きもあるようだが、個人的には拡大解釈のような気がしないでもない^^;  詞やアレンジの関わる要素も見逃せないので一概には言えないのだが、五十嵐のフォークソングに近い味わいは、大瀧や杉、あるいは佐野元春のような垢抜けた感覚とは距離を感じるのである。この「想い出のサマーソング」も含めファーストアルバム以来五十嵐の曲のアレンジを一手に引き受けていたのが鈴木茂なので、そのコネによる顔合わせ程度のものだったのだろうと自分は捉えている。

 

その「想い出のサマーソング」を含む五十嵐のサードアルバム「SAILING DREAM」(1981)も、アレンジは全曲鈴木が手がけている。曲も歌となっているものは全曲五十嵐自身のものであるのはこれまでのアルバムと同じだが、LPでいうB面冒頭に位置するインストゥルメンタル「序曲〔出逢い〕」は鈴木の作曲となっている。A面・B面の違いはあるが、同じCBS・ソニーの先輩にあたる渡辺真知子の最初のアルバム2枚(「海につれていって」「フォグ・ランプ」ともに1978)でとられた手法と似通っている(ここでは船山基紀が序曲の作曲とアレンジを担当)。別稿で言及しているとおり、この時期のCBS・ソニーは若手アーティストでは同じアレンジャーと組ませて継続的にアルバム制作するなど制作システムが整備されているように見受けられるので、これも先行制作例として参照された影響のように感じられるのだが、考えすぎか^^; なお、このアルバムの帯ではこの件について「今回よりB面1、2曲目がストーリーとして続きます」などと説明されているが、五十嵐の次のアルバム「WING」(1982)だとそんなことは忘れたかのようになっていて、このアルバム単発の試みに終わっている。詞では前作までの大杉実の名前が見えなくなり、ほぼちあき哲也1人担当に絞られている。前作同様1曲だけ五十嵐が詞も手がけている曲もあるが、あとは豊田せりかという人がちあきと連名で1曲参加しているのみである。この人は明らかにペンネームだろうと思われる名前だが^^;、資料不足でどういう人か定かではない。

 

冒頭が前出のシングル曲「想い出のサマーソング」。明記されていないが、コーラスアレンジが杉だと言及されることがある。これはリアルタイムで聴いていない曲だが、アラ還の当方がこんにちの感覚で聴くと青臭い気がして苦笑いしてしまう^^; いっぽう、2曲目「星に願いを」は 翌年のシングル「Because」のB面に収められていた関係でずっと若い頃に聴いているのもあり、さほど違和感はない。この曲は歌詞に出てくる流れ星を意識したかのようなシンセサイザー(?)の響き・後半に絡んでくるフルートのソロ(浜口茂外也)など、アレンジの妙味が聴きどころだ。しかし、3曲目の「インディアン・サマー」のメランコリックな曲調が自分にとってはこのアルバム中特に惹かれるものである。ここでも浜口のフルートが秀逸。

 

4曲目「朝のシルエット」はアルバム発売後シングルカットされたもの。女性心理に仮託した詞のシングル曲には「ディープ・パープル」(1981)という先例もあるが、「ペガサスの朝」(1980)とは違うタイプの曲をリリースして新展開を図ろうという意識があったものか。個人的にはジェイクのサックスに惹かれるが、音色が普段と違うようなのでソプラノサックスを使っているのかもしれない。LPでいうA面最後は「ひと夏のマリエ」。波の音が効果音に使われた、安らぎを感じさせる曲。

 

前記のとおり、B面冒頭は鈴木の作曲とアレンジになる短いインストゥルメンタル「序曲〔出逢い〕」から「ララバイ・グッバイ」へと続く。しみじみとした曲でA面とは継続感重視?なのかという並び具合だが、自分好みなタイプだからかあまり単調なイメージではない。しかし、続く「家路」がまたさらに物静かな曲調で、さすがにここまで来ると地味に感じる^^;  B面4曲目「初恋の街」ではさすがに幾分明るくなっているが、最後の「心こめた愛の調べ」もまたなだらかな曲で、決して悪くはないのだが尻すぼみで終わるような寂しさを感じないでもない^^; なお、この最後の曲が詞も五十嵐の自作で、前作アルバムと同様の構成になっている。