サードアルバム「SOMEDAY」(1982)によってアルバムアーティストとして頭角を現し、ベストアルバム「No Damage(14のありふれたチャイム達)」(1983)が4週連続でオリコンチャート1位を獲得したことによってその地位を確立したといえる佐野元春だが、その反響を待たず佐野は渡米を決める。この時点ですでに自分としてやり切ることはやりきったという意識で、セールスに関しての成否は二の次という意識だったのだろうか。そしてアメリカでは音楽ビジネスについて一から学び、現地のアーティストとの交流を介して新しい展開を試みていくようになる。その結果、現地でレコーディングして出来たのが4thアルバム「VISITORS」(1984)であるという。当時、このアルバムは2週連続でオリコンチャート1位を獲得したとはいえ、前作「SOMEDAY」までの初期三部作との作風の違いから賛否両論を巻き起こしたという。自分は長らく佐野のオリジナルアルバムというとセカンドアルバム「Heart Beat」(1981)1枚を聴いただけで、あとの「BACK TO THE STREET」(1980)と「SOMEDAY」はこの連載で採り上げるのを意識して初めて入手したような状況だったのであえて「VISITORS」まで聴く必要はないのかな?という考えだったのだが^^;、たまたまレコードがヤフオクで100円・送料も他のものと一括で済んだという幸運に恵まれたので聴いてみることとした。結果としてこれはよかったと思う。
「VISITORS」というタイトルはニューヨークの訪問者である佐野自身のスタンスを指すようだが、複数形となっているのは単に収録曲が複数だからというだけのことか。収録曲は8曲だが、先行シングルとシングルカットが合計4曲でカップリング曲も併せて全曲バラ売りされている格好になる(シングル向けにリミックスされた曲もあるようなので厳密にはちょっと違うことになるが)。アルバムばかりでなくシングルレコードにおいても「お試し」需要を喚起しようという狙いがあったのかもしれないが、その点ではあまり効果はなかったようだ^^; 「SOMEDAY」において数曲大村雅朗にストリングスアレンジの助力を仰いだように、このアルバムにおいてもブラスアレンジにフランク・ドイルなる人物が加わっている。当時日本では馴染みの薄かったラップやヒップホップの手法の採り入れられたサウンドはリスナーに戸惑いを与えたというが、好みこそ保守的とはいえ昨今のラップやヒップホップのような曲をラジオなどで耳にすることも日常茶飯事となっているこんにちの自分にとっては、そういう意味での新奇さはなく評価の定まった古典を聴くような感覚に近いものであった。「VISITORS」を佐野のアルバムにおける代表作と評価する向きも多いようで佐野本人はそれに戸惑いをおぼえるらしいが、そこまでとはいえないにしても自分にとってはこんにちの音楽シーンの魁になった要素を感じるモダンなアルバムであるという感想を持った。
冒頭の「COMPLICATION SHAKEDOWN」は、そのモダンな印象が特に鮮烈な曲である。このアルバム中では2つめのシングル曲で、アメリカでもリリースされたという。曲名については「物事が複雑化しゆれ動いていること」とわざわざ注釈が入っている。一方、続く「TONIGHT」はこのアルバム中だと従来の佐野の作風に近いように感じる。このアルバム中では最初のシングル曲であるのも関係しているのか。3曲目「WILD ON THE STREET」はちょっとラテン的な味わい。躍動感に溢れていて聴きばえのするものだ。LPでいうA面最後の曲「SUNDAY MORNING BLUE」はジョン・レノンへのレクイエムということらしく、慎ましやかなスタイルになっている。
LPでいうB面冒頭は表題曲「VISITORS」。起承転結でいえば転にあたる感のある快活な曲調だ。この曲も力強く聴きごたえあるものだが、次の「SHAME―君を汚したのは誰」こそ、私見ではこのアルバムの白眉だと思う。じっくりと意味深な歌詞をうたうが、その詞は自分の主張を声高に叫ぶばかりで他者は断罪の対象でしかないといわんばかりの人に満ちた昨今のSNSの風潮を見るにつけてもこんにちに鮮烈なメッセージを発していると感じた(「SHAME」とは相手を非難するニュアンスを持つスラングとのこと)。「バルセロナの夜」や「彼女」とは違った意味で、自分にとっては佐野指折りの作品となった。
ずっしりと重かった「SHAME―君を汚したのは誰」から一転、次の「COME SHINING」はくつろいだ印象。最後の「NEW AGE」はタイトルが端的に示しているような印象のある、ラップっぽいタッチの曲。冒頭の「COMPLICATION SHAKEDOWN」とともにこのアルバムの印象を決定づけているような感があるが、さわやかな結びといえなくもないにしてもフィナーレとしては軽いような気がしないでもないか。