井上鑑が東芝EMIから発表した4枚のオリジナルアルバムはいずれも造形に凝ったものとなっているが、セカンドアルバム「CRYPTOGRAM」(1982)はその頂点を極めているといっていいくらいで、さながらタイトルどおりの暗号仕掛けの存在である^^;
レコード袋が歌詞カードを兼ねたものとなっていてレイアウトもデザイン性の高いものとなっているのは先の「PROPHETIC DREAM 予言者の夢」(1982)と同じだが、通例なら歌詞カードとして封入されるであろうリーフレットが菱形12面体のペーパークラフトの展開図と作り方の説明書になっているという謎めいた存在なのだ^^; このリーフレットには、井上本人の画像をいかにも当時のCGという感じの粗いドットで加工したような絵柄もあしらわれている。 当時はこういったデザインも先鋭的なものと受け取られたのだろうが、こちらの方面の技術の進歩が著しい昨今では逆にレトロな郷愁を誘うものであるかもしれない。こういった要素は次作「SPLASH」(1983)以降後退しているが、これはLPだけでなくCDも発売することとなったためというのも影響しているのかもしれない。ともあれ、この「CRYPTOGRAM」というアルバムは、単に音楽を聴かせる器というにとどまらず、レコード及びジャケットその他一式に到るまでアートとしてのこだわりを追求したものになっている。
タイトルどおりのイメージというか、冒頭の「SHELL」から謎めいた雰囲気に満ちている。歌詞カードには(主としてLPでいうA面全体の)曲のコンセプトとおぼしき散文も付されているが、ここに出てくる「人々がかぶっているSHELL/あらゆる"快の要素"がINPUTされたこのヘルメットは大通りから会話を奪った」という一文は、こんにちのスマホの立ち位置を思い起こさせて意味深だ。続く「メフィストフェレスとのドライヴ」も不思議な味わいの曲だが、音楽としての躍動感は高まっている。
3曲目「夏の夜の夢:オースゴールストランの海辺」は、一転して静けさを感じさせるロマンティックな曲。オースゴールストランというのはノルウェーの街で、ムンクの絵に描かれたことでしられている。前出の散文にもムンクは「天才記号作家」として登場しており、このアルバムの曲が連作として構成されているのをうかがわせる。LPでいう最後の曲は「クリスチャニア・ボエーム(エドワルド・ムンクの肖像)」。タイトルはオスロの古い地名クリスチャニアで1880年代に生まれたボヘミアニズムを標榜した芸術家たちのグループを指す。ムンクもその一員であったそうだ。冒頭のような謎めいた雰囲気に戻っているような曲。
LPでいうB面冒頭は一転してアグレッシブな「KICK-IT-OUT!!」。同時にシングル曲としてリリースされている関係かこのアルバム中では明快な印象の曲だが、「想いは記号をこえて/愛に生命ふきこむ」というアルバムのコンセプトを意識したフレーズがみられる。続く「[SEND ME A]CRYPTOGRAM」もリズミカルな躍動感を感じる曲だが、A面の曲に近いミステリアスな味わいもある。B面の曲ではA面の曲のようなペダンティックな味わいが後退しているが、3曲目「冬の鏡:風の鏡」でも歌詞にフィヨルドの海が出てくるなど連作としての意識は感じられる。歌詞カードでは間奏のギターと後奏のスチールドラムの演奏者がクレジットされているが、さながら声とギター、スチールドラムの協奏曲とでも言いたくなるような造りだ。他の曲でも間奏や後奏でのソロ演奏者の名前が歌詞カードにクレジットされているが、ただ井上がアレンジしたとおり弾いているのではなく即興が混じっているのだろうか。
B面4曲目は「PABLOに」と題された短いインストゥルメンタルだが、チェロがメインの曲となっており、タイトルが往年の巨匠チェリスト、パブロ・カザルスを指すのは明らかだ。井上といえば父親は高名なチェリストだけにカザルスのレコードに親しんできたであろうことは想像に難くないが、一見畑違いのジャンルで活動しているかのようにみえる井上のバックボーンとしてクラシックの素養があるのだろうとうかがわせる1曲だ。
一転してB面5曲目は軽快な「FLASH-BACKS」。最後の曲「WAVERS #2:オーロラ」はゆったりとした余韻を感じさせる短いフィナーレで、「オーロラの街 まで/忘れた夢の 断章/さがしに出かけよう」というA面から(さらにいえば前作アルバム「PROPHETIC DREAM 予言者の夢」までも遡るかのような)北欧への憧れを感じさせながらの締めくくりとなっている。