1982年までのSugarは「ウエディング・ベル」(1981)に代表されるような古田喜昭作品によるコミカルな曲が中心となっていたが、マンネリ化が停滞に繋がったとみたためか1983年以降はオーソドックスなラブソング中心に作風の転換を図る。1983年春に発表されたシングル「キスがいっぱい」は詞がさがらよしあき・曲が原田真二・アレンジが瀬尾一三という、従来とは目先を変えた顔ぶれになっている。さがらはアニメや特撮関連の作品も多く手掛けているので、古田の縁故によるところが大きいのだろうと推測される。詞こそ奇をてらった面は薄らいだが、明るいタッチでコーラスの美しさを前面に押し出しているという点ではこれまでのSugarの作風を踏襲しているといえなくもない。
シングル「キスがいっぱい」リリースの翌月、サードアルバム「Sugar Bean」(1983)が発表される。こちらに「キスがいっぱい」は収録されたが、同じ月にリリースされているシングル「中ブラ・ラブ」は含まれていない。コマーシャルソングというイレギュラーなものだったからか。以後もSugarはタイアップで売り込んでいこうと試みられたのか、「まんがはじめて物語」エンディング・テーマ「タマゴ」に「伊賀野カバ丸」オープニングテーマ「CIRCUS GAME」(ともに1983)と、いまでいうアニソンによるシングルが続くこととなる。ここで表には出ていないが、前出の経過をみれば古田つながり(?)によるものだろうと推測される。この時期「まんがはじめて物語」はもう観なくなっていたのか「タマゴ」及びその裏面のオープニングテーマ「IMAGENATION EXPRESS<夢急行>」は記憶にないが、少女漫画原作なのになぜか「伊賀野カバ丸」は観ていて^^;「CIRCUS GAME」には懐かしのクラスメートにでも会ったときのような感慨をおぼえたものだ。この曲は詞が売野雅勇・曲とアレンジが木森敏之という強力なコンビだったためもあって、ひさびさに10万枚のセールスだったそうだ。この曲はシリアスなタッチのSugarの代表曲といっていいものだろうが、翌1984年発表のシングル曲「恋はマスカレード」もおさおさ劣るものではない出来だと思う。こちらも詞が秋元康・曲が林哲司・アレンジが瀬尾一三という豪華なものだったが、こちらのセールスは思わしくなかったのか、以後1年以上新曲の発表は途絶えることとなる。
前置きが長くなってしまったが^^;、「Sugar Bean」は古田作品をメインに据えたアルバムとしてはSugar最後のものにあたる。前出の「キスがいっぱい」に代表されるように、従来の明るさとコーラス主体の美しさを維持しながらも(このアルバムもコーラスアレンジは全曲古田)詞はおとなしめにセーブしたものが多くなり、正攻法で勝負していこうという路線に変わった感がある。それまでほとんどの曲のアレンジを手掛けていた平野融が離れたが、前作アルバム「COFFEE BREAK」(1982)のラストの大作「BobbySoxer物語―夏の少女Anna―」をアレンジした飛澤宏元と瀬尾がアレンジの中心となっている。「キスがいっぱい」作曲の原田がもう1曲手掛けていて山梨鐐平も1曲担当しているが、古田とSugarの3人が曲づくりの中心となっているのは変わらない。
冒頭は前出のシングル曲「キスがいっぱい」。次が古田作品の「夏のLonely Night」。往年の「夏の日の恋」を想い出させる、ロマンティックな曲だ。3曲目は詞がモーリ・曲が原田の「バースデイ・スーツ」。ポップな曲だが、ストリングスとコーラス中心のゴージャズなアレンジだ(瀬尾担当)。4曲目はミキ作品「おばかさん」。タイトルは一見明るそうだが、自己卑下の面の強い切ない曲である。続く「100 Million」はアレンジまで古田が手掛けたものだが、短いミステリアスな曲。LPでいうA面(…とはいつもの文言だが^^;このLPではSide1と書かれている)最後は「Good Morning April」はコーラスの美しさとミキの甘ったるい歌声を前面に押し出している印象の、いかにもSugarらしい持ち味の曲だ。
Side2冒頭は表題曲「Sugar Bean」。古田作品で従来のSugarのコミカルなイメージに近い曲だ。2曲目はモーリ作品「いじわるShine」だが、前曲と打って変わって美しくしっとりとした情感が漂う。3曲目はクミ作品「なぜ…」だが、これはボサノバっぽいアレンジで前作までの平野アレンジの雰囲気を思い出させる。なお、アレンジは飛澤である。続く「マンゴマドンナ」も、アレンジがラテン的な味わいを感じさせる点で前作までのイメージに近い。やはり飛澤アレンジ。なお、この曲は詞がモーリ・曲が山梨である。5曲目はミキ作品の「いいお嫁さんになるため」だが、これはコミカルなタッチの初期のSugarを思わせる曲。なお、この曲だけアレンジが越美晴(後年のコシミハル)である。しかし、最後の「ひばり(美しい空に…)」で一転して、悲しみの淵に落とされる。美しいことは美しいが、締めくくりとしてはしんみりとしすぎの印象だ。