今回をもちまして、当サイトが連載150回を迎えました。

当初は自分の書き残しておきたいアーティストの秀作アルバムについて短評を付していくという構想で始めたサイトですが、再開後徐々に性質が変わってきて、自分の若かった頃聴き逃したアルバムを発掘して聴いていくという面も多くなりました^^;

むろん出典には注意を払いつつ書いているつもりではありますが、独断と見落としの多いであろう拙稿に少数ながら目を通していただける方がいらっしゃるということは望外の幸せでございます。業務の都合上更新が滞ることもあるとは思いますが、マイペースで継続していきたいです。

 

アリス育ての親といわれる細川健がレコード会社ポリスターを設立すると、アリス及びそのメンバーである谷村新司・堀内孝雄もレコード制作をそちらに移した。谷村の代表曲として名高い「昴―すばる―」(1980)は、そのポリスター発足後初の邦楽シングルレコードとなる。「昴」というと一般的にはプレアデス星団の和名だが、さらに「プレアデス」の語源であるギリシア神話の女神の名前の発祥まで遡ろうとすると、古代ギリシア語における「出航」に由来するといわれる。さらに付け加えると、冬の空でプレアデス星団の下に迫ってくるオリオン座(オリオンもアルバム「昴―すばる―」収録曲で名前が出てくる)を避け、深い霧の奥に潜って西に来るとそれはもはや春であり、その夕方近くは1年で地を耕すのに最適な時期となるのだと古代の農業暦では伝えられてきたという(ヘシオドス「仕事と日」)。仮に偶然としたら出来過ぎな印象を受けるが、新しい会社の門出にはふさわしいタイトルだったといえよう。

 

ここで「仮に偶然としたら」と断定をためらってしまうのは、シングルレコード「昴―すばる―」と同じ1980年4月、この曲を表題曲として発表された同題のアルバムの内容があまりに重々しく、上記のようなリスタートから期待される雰囲気には遠いものだからである。谷村の前作アルバム「喝采」(1979)も決して軽量級の聴きやすいアルバムではなかったが、それでもジャジーなアレンジを採り入れていたりエンターテイメントな面を意識した造りになっていた。しかし、こちらのアルバム「昴―すばる―」は、各曲の関連性がより強くイメージされるよう詞の書かれている感が強く、かつ生と死を意識させる詞の曲が多いのだ。これは谷村が1978年過労で入院していたという時期に着想したものであったのだろうか。ライナーノートに添えられた谷村の手になる短文は「街角だけを描き続けた一人の画家が/30歳の生涯を終えた…」という書き出しだが、この年で30歳を迎えている谷村自身を想起させるフィクションだといえる。

 

そのようなイメージを補強するかのように、編曲陣では「喝采」における青木望・篠原信彦は引き続きながら、ジャズのイメージの強い前田憲男がクラシカルな印象の服部克久と交代している。篠原も「喝采」においてはジャジーな印象の曲があったが、こちらのアルバムではそういった色彩は抑えている。

 

アルバムは、夜のジョギング風景を連想させるジャケットのアートワークのイメージどおりの「Rannin' on」から始まる。決して暗い曲調ではないのだが、ランニングしながら散る桜(たぶん早咲きの種)に思いを馳せるという古風な美意識を感じさせる歌だ。なお、この曲で冬のオリオンに言及されている。続く「終着駅」では物悲しく盛り上がっていく。男女の別れの曲らしい内容ではあるが、そもそもタイトル自体が人生の終わりの暗喩ではないかと連想させるものだ。3曲目「レテの川―Lethe―」も同じく別れの曲を思わせるものだが、タイトルにある「レテの川」とはギリシア・ローマ神話に出てくる冥府を流れる「忘却」の川を指す。しかし、前曲に比べると深読みを誘う要素には乏しいようだ。

 

LPでいうA面最後の曲「この世が終る時―When the world ends―」はそのものズバリ、世界の終末に際会することになったらどう過ごしたいかということを歌っている。暗いテーマではあるが、内容は多くの人が共感するようなものであるので、一抹の希望を灯しながら盛り上がっていくという趣きであろう。

 

LPでいうB面冒頭「マイ・ボーイ」は、A面の終わりを受けて重厚だが美しいストリングスとピアノで始まる、いかにも服部に期待されるイメージのアレンジだ。いっぽう、続く「玄冬記―花散る日―」は親しい人(父親?)の死を悼むものだ。「玄冬」とは中国五行思想において「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」の順に続くもので、年齢においては60代後半以降の比喩とされている。意外と淡々とした曲である。次の「残照」も、「玄冬記―花散る日―」における登場人物との関連性を強く感じさせる内容で、順序としては逆のように感じるが、回想というニュアンスなのかより甘美なアレンジとされているように思えた。

 

そして最後に表題曲「昴―すばる―」が置かれている。実際にはプレアデス星団の目に見える星に「名も無き星たち」というものはないらしいが^^;、上記のような神話を踏まえれば、生と死について思いまどったすえに新しい息吹へと繋げていこうというオプティミズムなメッセージであろうし、結びにふさわしいといえる。