「36.5℃」(1986)の記事の際も言及したが、このアルバム以降1987年の中島みゆきはオリジナルアルバムの発表がなく、1988年の「中島みゆき」と題する無題?かと疑わせるアルバムまで1年半近い空白が存在する。まず1987年初頭にライブアルバム「歌暦」がリリースされているが、これは「36.5℃」と被る曲が多いものの、旧作のいくつかがアグレッシブなアレンジで聴けるという意味でいかにも「御乱心の時代」らしいサウンドを追求したアルバムといえるだろう。特に「悪女」が聴きものだ。軽快でかっこよすぎるのに違和感をおぼえる人もいそうだが、ある意味「やせ我慢」の曲なのでこういう粋なスタイルもありなのではないか。個人的にはシングルバージョンより「寒水魚」(1982)のアルバムバージョンより、この「歌暦」バージョンが好きだ。そして、同年8月には、いかにもそれまでの中島の道行きを総括するかのように「やまねこ」(1986)までのシングル曲A面B面を収録した3枚組CD「Singles」がリリースされた。
中島が「御乱心の時代」と自嘲した時期は、上記アルバム「中島みゆき」を以って終結したといわれる。この時期はサウンド面での様々な実験的要素が色濃く出ていたのと同時に、「うたう現代詩」であったかの印象の強かった作風が音楽への比重の高まった歌へと徐々に移行していく過程であったといえる。むろん個々の曲では例外もあるとは思うが、それまでの中島ならではという特色を感じさせる詞は概ねみられなくなり、それを受け入れられず離れていったファンもいたようだ。自分も、中島の平成期以降の曲は20代の頃聴いていていくつかいいと思う曲もあったが、必ずしも中島でなくてはという要素を感じなくなったので「グッバイガール」(1988)以降のアルバムはあえて再聴しなくてもいいやと思っている^^;
中島の書く詞が変質してきたのは、むろんサウンド面重視へとシフトしていった部分も大きいのだろうと推察されるが、シングル曲「誕生」(1992)の一節、
すがりたいだれかを失うたびに
だれかを守りたい私になるの
にて端的に現れているように、それまで「失恋歌の女王」と評されることも多かった中島が歳を経て立ち位置が変わったということもあるのだろう。「人間的に成長した」とみることも出来るが、反面失ったものもあったのかもしれない。ネガティブなことをかなり書いてしまったが^^;、あくまで個人的な主観であって平成期以降の中島の作品を否定するつもりはないし、上記「誕生」ほか秀作もいくつか思いつくのだが、このサイトが主として昭和期のオリジナルアルバムを採り上げる対象としているのもあり、ここで区切るのも妥当ではないかとみずからに言い聞かせることにしている^^;
やたら前置きが長くなったが^^;、この無題?とも受け取れるアルバム「中島みゆき」はキャッチコピーが「みゆきが産んだのはみゆきだった」となっているので、このアルバム制作時点での自画像であるとも解することが出来るか。「36.5℃」「歌暦」においてもアレンジを手がけている椎名和夫が大半の曲のアレンジのほかプロデュースを手がけている。「36.5℃」などでもプロデュースを担当していた甲斐よしひろも曲の提供を行なったり助言をもらったりしていたそうである。セルフカバーアルバムを除いて中島本人以外の人が作曲した曲を含むという点では、当時甚だ異例のものであったといえよう。次作アルバム「グッバイガール」以降は瀬尾一三のプロデュース及びアレンジで固定化されてしまっており、こういった実験的な要素は感じられなくなっているが、個人的にはこういった異質なものを採り入れようとした試みがプラスに働いて聴きばえのするアルバムになっていると思う。
冒頭、「湾岸24時」はプロデューサー椎名の作曲になり、緊迫感の強いスタートに期待が高まる。硬質な電子音主体のアレンジもここではプラスになっているだろう。続く「御機嫌如何」は先行シングル曲だが、いかにもラブソングにありがちな「女にとって愛がすべて」とでもいうような擦り込みを否定するかのセリフを吐きつつも眼前の失恋を傷むという、中島らしいフェミニズム的視点のさじ加減が絶妙な快作だと思っている。3曲目「土用波」でも快調さは維持されるが、「昔の歌を聴きたくはない」という歌詞で始まるのは御乱心の時代までの自作との訣別?と感じてしまうのは、後世からの穿った見方か^^;
4曲目「泥は降りしきる」は上記「失恋歌の女王」のニックネームにふさわしい、やりきれなさを感じさせる曲。久石譲のアレンジは間奏のセンスに惹かれる。ジェイク・H・コンセプションのサックスの力もあるのか。一転してLPでいうA面最後「ミュージシャン」は力づけられるバワーを感じさせる、頼もしい曲。ここで前半のクライマックスを築く。LPでいうB面冒頭「黄色い犬」は自嘲というか蔑称というか、いささか危ういニュアンスを感じる歌詞である^^; ある種開き直った、交響曲でいうならスケルツォ楽章的な立ち位置だろう。次の「仮面」も、甲斐作曲という点では起承転結の「転」といった面を感じるものだ。なお、この曲は「御機嫌如何」に続く先行シングル曲。
B面3曲目「クレンジング クリーム」は、鏡に向かった女が化粧を落とした自分の顔を見てふと内省的になるという情景を描き出していて、このアルバム中では「御機嫌如何」と並んで中島らしさを感じさせる秀逸な歌詞だが、あまりに紛らわしい言葉が並ぶのでライブで歌うのは鬼門であると中島はエッセイで述懐していたものだ^^; メロディも情念ドロドロという趣で凄みを感じさせるが、久石のアレンジは「泥は降りしきる」以上にずっしりと重く、好サポートとなっているだろう。ここで救われない気分に落とされるものの、最後は明るく力強い「ローリング」で締めくくってホッとさせられる。この曲の詞は若い男性の視点で描かれたものと思われるが、その主人公を力づけるかのような中島の眼差しには、すでに前記「誕生」の一節のような立ち位置が現れてきているといえるだろう。