久保田早紀「異邦人」(1979)がヒットしたころはまだ歌謡曲のテレビ番組等を観ていたわけではないのでリアルタイムの状況は知らないが^^;、むろんCMかどこかでは耳にしていたはずである(当時小学生)。しかし、この曲及びファーストアルバム「夢がたり」(1979)のインパクトが強すぎた反動か後は続かなかったようで、1984年で商業的な面での音楽活動を休止するに到る。その後は結婚改姓後の本名・久米小百合名義にて教会音楽のジャンルに長く携わっているということである。蛇足とはなるが、自分は学生時代日本中世の和歌を研究対象に扱っていた関係もあって、叔父の久保田淳の方が近しい名前だったりする^^;
「夢がたり」制作に際して、久保田はプロデューサーの金子文枝とアルバム3作分くらいの展開を話し合ったといい、セカンドアルバム「天界」、サードアルバム「サウダーデ」(ともに1980)までは異国情緒を感じさせる作風という定評があるようだ。ただ、その成立過程を調べてみると、実は結構後付要素が多かったらしい^^; 1970年代末というと、平尾昌晃・畑中葉子「カナダからの手紙」(1978)、庄野真代「飛んでイスタンブール」「モンテカルロで乾杯」(ともに1978)、ジュディ・オング「魅せられて」(1979)、桜田淳子「サンタモニカの風」(1979)といった外国を扱ったヒット曲が続いているという印象だが、「異邦人」はそれに続く制作時期に当たり、制作サイドではこの流れを念頭に置いていたようで、久保田にとっては不本意な改変を必要とした面もあったらしい。しかし、実際に出来たのが優れたものになっているのはさすがである。縁のなかった相手の暗喩として「異邦人」が使われているのは、これが後発的な着想であるとは信じられないくらいである。
このアルバムを聴いていて何といってもすばらしいと思うのは、萩田光雄のアレンジである。萩田というと自分のなかでは、失礼ながら来生たかおのアルバムで結構数多くアレンジに携わっている割にパッとしないなぁという印象だったりするが^^;、音楽プロデューサーを務めるとなるとこうも違うのかと思わされるくらい、美しくて南欧的だったりオリエンタルだったりといった雰囲気を感じさせる。曲は冒頭の短いインストゥルメンタルを除き全曲久保田本人が手がけているが、詞は半分くらい山川啓介が参画している。山川も自分にとっては好きなタイプの人だが、コンセプトに合わせて器用に書いてみたというような感があって、パッと見たところでは久保田本人の詞のほうがいいかな?という第一印象^^;
冒頭の「プロローグ…夢がたり」は萩田の作曲で、羽田健太郎がピアノを弾いているが、続く「朝」まで、実に美しく物憂げな表情に惹かれる。「朝」も短い曲で、プロローグ的に感じられるが、ピアノとストリングス主体の自分好みなタイプだ^^; 次に配されているのが「異邦人」で、この曲についてはすでに前記したが、詞・曲・アレンジとも改変の末たどり着いたとは思えないほどの見事な組み合わせである。
4曲目「帰郷」は、リズム感がラヴェルの「ボレロ」を思い出させるという点で南欧的な味わいだ。次の「ギター弾きを見ませんか」では、ポルトガルのポピュラー歌謡にあたるファドが歌詞に出てくる。久保田はアルバム制作の過程で金子に勧められてファド歌手アマリア・ロドリゲスの歌を聴いたという。自分はロドリゲスの後継者的な位置にあたるらしいカティア・ゲレイロのアルバムをちょっと耳にした程度だが^^;、雰囲気的には近いような。LPでいうA面最後の曲「サラーム」は、アラビア語で「平和」を意味する挨拶の言葉がタイトルとなっている。このあたりは「異邦人」とも共通する暗喩か。心の平穏を求めてさすらうというようなニュアンスを感じさせる。
LPでいうB面冒頭の「白夜」は打って変わって、いかにも北欧というイメージを喚起させる鐘の音に芸の細かさを感じる。久保田単独の詞はこの曲までで、次の「夢飛行」は久保田・山川連名、後の3曲は山川の詞となっている。「夢飛行」はデビュー曲候補にあがっていた曲だそうだが、後半の情熱的な盛り上がりには手に汗握るものがある。3曲目「幻想旅行」も悪くはないが、「夢飛行」からの続きだとちょっと軽く感じてしまう^^; 次の「ナルシス」はやや地味に感じてしまうが、アコーディオンのメロディに哀感を掻き立てられる。最後の「星空の少年」は締めくくりを意識してか、明るい力強さを志向しているようだ。ストリングスが美しい、自分好みなタイプである^^; なお、この曲は久保田がパーソナリティを務めたラジオ番組のテーマソングになったとのこと。