以前このサイトを書いていたころは内容の幅を広げるべく、あえて自分にとってはアウエーに感じるアーティストのレビューにも挑戦していましたが^^;、当座は慣れるまで自分にとって書きやすい、アーティスト像の定まっている人の作品を取り上げていきたいと思います。特に、来生たかおは、今回取り上げる「I Will...」(1986)が自分のなかで来生のベスト3に入ると思っているアルバムで、レビューを書かないまま放置していたのが心残りとなっていました^^;

 

1986年は、来生にとってデビュー10周年にあたる年であり、新たなスタートを意識して作成したのがこの「I Will...」であったという。ノスタルジックに感じるスタイルの曲もあるし、個人的にはそこまでこれまでと違うのかと思うところはあるが^^;、冒頭の「WE WILL」など、清新に感じるものも確かにいくつかはある。個人的にこのアルバムが素晴らしいと思うのは、アコースティックなものとデジタルなものとの取り合わせのバランスが秀逸で、アレンジの美しさがひとつの頂点に達したと感じるためである。これは前作「ONLY YESTERDAY」(1985)でも感じるところだが、この前作よりも個々の曲の出来がよく、知名度という点では地味なのかもしれないが、個人的に思い入れのある曲が並んでいる。矢倉銀の名前でみずからアレンジした曲は3曲あるが、このアルバムでひと区切りとなった感があり、以後、バックバンドのスタートルが関わっている2、3の例外を除き、20世紀末あたりから再開するようになるまで長くアレンジを手掛けなくなったようである。その背景は、次作「Étranger」(1987)からアレンジのスタイルが激変したところからうかがえるように思う。この時期、ポップス・ニューミュージック関係は来生に限らずデジタルな感触の行き過ぎたアレンジが趨勢となっていて、どのアーティストのアルバムを聴いても同じように感じる不満が募っていた。個人的にはこれがイージーリスニングやクラシックへと音楽の好みが変わる発端となったが^^;、このアレンジに係る環境の変化が来生の志向する音楽にそぐわなくなってきたということではなかったか。

 

個々の曲をみていこう。先にもちょっと取り上げたが、冒頭の「WE WILL」は、これまでの来生にはあまりみられなかった清新さが感じられる、短いながら後の展開を期待させる序曲といった体になっている。アレンジは次作「Étranger」でのイメージがよくないのであまり好きではない方の清水信之だが^^;、このアルバムにおいてはデジタルサウンドに拘泥することもなく、聴いていて美しいと感じる場面も多い。

 

しかし、やはりこのアルバムは矢倉銀の名前による来生自身のアレンジにとどめを刺す。2曲目の「Simply」は、アレンジの美しさに加えて、歌詞が来生の曲でしばしば採り上げられると感じる「平凡な生活の大切さ」とでもいうものがテーマとなっているので、知名度は低いと思うが重要な曲である。次の「恋のHard Days」はそこまでと思わないが^^;、前作「ONLY YESTERDAY」収録の「P.S.メモリー」に引き続いてのビートルズ嗜好を感じさせるのが微笑ましい曲といえる。

 

もっとも、次の「夢の加速」で一転して雰囲気が元に戻り、やはり来生はこうでなくてはという気分になる。アレンジはやはり自分には合わないと感じることも多い武部聡志だが^^;、この曲では素晴らしい。ひっそりとした情感と静けさを感じさせる。歌詞についても、来生えつこが来生たかお夫妻をイメージして書いた曲というだけに、ぴったり身の丈に合っている感がある。5曲目「森への地図」は珍しくも久石譲がアレンジを担当しており、来生としては異色な曲だが、ファンタジックな味わいを感じさせる。

 

LPにおいてはB面最初の曲にあたる「フェアウェル」はシングルカットされた曲だが、やはり知名度という点では地味だろうとは思うものの^^;、佳作である。アレンジは清水だが、やはりこの曲でもアナログなサウンドを大切にしている感じで心強い。次の「DOUBT」は武部アレンジだが、前出の「恋のHard Days」同様のややコミカルな印象の曲である。もっとも、来生本人はどちらも歌っていて違和感のある歌詞だったらしい^^;  次の「夏色の彼方」は、来生というよりも村下孝蔵が好みそうな道具立ての青春ドラマっぽい歌詞で、このアルバムを聴いた当初は年代的に親近感のあった曲であった。

 

しかし、地味であるが自分にとって思い入れの強い曲の1つとなっているのが、9曲目「水の抱擁」である。アレンジは矢倉の名前になる来生本人だが、美しく哀しい。もの静かだが、聴いていて切なくなる名品だ。最後の「夢のスケッチ」は歌詞だけみると1コーラスだけの短さだが、2コーラス目にあたる部分をすべてインストゥルメンタルで通しており、アルバム全体のエピローグという印象を与える長い後奏で締めくくっているという感だ。アレンジは前作「ONLY YESTERDAY」でもいいところを見せていた八木正生で、前作同様のオーケストラサウンドの美しいものとなっている。