谷山浩子は自作を世に問いたいという思いこそ旺盛であったようだが、それはあくまで詞や曲をということであって、歌うというのに対しては長らく違和感が残ったのか、「静かでいいな〜谷山浩子15の世界〜」(1972)発表以後も音楽活動が定着に到るまでは紆余曲折を経ており、谷山本人は「デビューが3回ある」などと述懐しているということだ。後世の第三者の目からみると不可思議に感じられるようなことも、おそらく谷山本人からみれば「みずから歌う」という行為を受け入れるに到るすり合わせのため、試行錯誤を重ねた結果であったのだろう。
ファーストアルバム発表後、谷山はNHK「ヤング101」のメンバーとなり、音楽番組「ステージ101」への出演を通じて創作活動とは性質の異なる演奏活動のスキルを磨いたものと思われる。そして、双方に自信を持てるようになったという意識に到ったのか、1974年第7回ポピュラーソングコンテストに応募しているが、それも当初はおれんじ猫という名称のデュオによってであり、次いでソロに転ずるという経緯を辿っている。最終的にはソロ活動にてポピュラーソングコンテストに入賞し、翌1975年入賞曲「お早うございますの帽子屋さん」をシングルレコードとして発表することになる。この曲はあとでアルバム「ねこの森には帰れない」(1977)に収録されているので先の「静かでいいな〜谷山浩子15の世界〜」の際のような活動の断絶を感じさせない結果とはなっているが、ここでまたほぼ2年間のブランクが生じている。このブランクはどうして生じたのか分からないところが多いように感じるが、みなみらんぼうのバックを務めたりレコーディングミュージシャンの活動をしたりして演奏スキルを磨いていたものらしい。あるいは、後述するように自分の創りたいものと求められているものとにギャップがあったため生じたものだったのか。
ともあれ、1977年、シングル「河のほとりに」次いでアルバム「ねこの森には帰れない」を続けて発表したところから谷山の音楽活動はようやく定着することとなる。このアルバムは独特の構成を持っていて、おそらく当時の谷山にとってはLPでいうB面の方が自分のやりたいことだったのだろうと思われるので、その制作が周知に到るまでにはそれなりに時間が必要だったのだろう。谷山の次のアルバム「もうひとりのアリス」(1978)もこのアルバムの後半とコンセプトに近いものがあり、その作風が継承されている。アレンジは後半部分がクニ河内で統一されており、前半(LPでいうA面)はクニのほか船山基紀や萩田光雄などが参画しているが、前半はそれまで書いた曲から佳作を選んだという趣で、谷山らしいファンタスティックな題材の曲もあればオーソドックスなラブソングみたいなものもあるという不揃い感が残る^^; しかし、ファンタジーなどには馴染みの薄い自分にとっては前半の曲のほうが受け入れやすいものである。
前半では、冒頭の曲「朝の扉をひらく時」が何といってもインパクト大である。思いつめたような緊張感からすでに自分の求めている谷山の美質を聴くようである。続く「河のほとりに」は先述のように先行シングル扱いになった曲であるが、これは「朝の扉をひらく時」に比べると古めかしさが先に立って物足りない。シングル曲にするのを念頭に置いて谷山らしさを抑えがちに書いてしまったものではないかと邪推してしまう^^; 3曲目は表題曲「ねこの森には帰れない」。この歌詞は谷山らしいファンタスティックな題材を扱ったものではあるが、これを暗喩と捉える余地は充分あると思う。しかし、後半の連作との兼ね合いもあるし、あえて深読みしないでファンタジーとして書いていると受け取っていいような気がする。ともあれ、楽しい曲である。
4曲目「私の愛した人」は題材的な面では谷山らしからぬところもあるが、中盤がナレーション主体になっていて独特な雰囲気はある。何よりシンプルなピアノ伴奏に波音の効果音が配されていて、個人的にはツボに嵌っている出来である。続く「風を忘れて」もあまり谷山らしくない感じの詞ではあるが、イントロと後奏に配されたトロンボーンやピアノ伴奏など美しいものである。そして最後に2年前のシングル曲「お早うございますの帽子屋さん」が置かれている。詞的には違和感だらけだが^^;、メランコリックで美しい曲調はそれを補って余りあるという趣で魅力的だ。
LPでいうB面はドラマ仕立てになっていて、あまんきみこの童話「車のいろは空のいろ」を原作とした劇中歌という趣だ。面白い試みだと思うし美しい場面楽しい場面にも事欠かないが、それぞれの曲を取り出して聴くものとは違うと思うし、1幕のミュージカルかオペラかと受け取って扱うべきものであろう。