豊臣秀吉の弟の秀長。
上巻では秀吉が長浜城主になるまでが描かれており、小一郎・長秀と名乗っています。
いやぁ、敵方の城へ開城を説きに赴き、質となり、金ケ崎では殿軍の殿軍を務め、戦では崖をよじ登って先陣を切り、金策にも奔走し、、、。秀吉の弟ってだけでこれほどまでに使われてしまうなんて。
楽天的な秀吉と、慎重派の長秀。兄・秀吉を支えると決めたら愚直に役目を果たし続ける長秀の姿が印象的です。伊勢の北畠具教攻めで秀吉への恩賞がなかった際の、兄弟のやり取りには、二人の人柄がよく表れていました。
長秀:「恩賞がなくば、借銭を返す見込みはないぞ。・・・言葉では腹は膨れん。いいか、出陣すれば銭がかかる。矢玉や兵糧はただではないぞ。・・」
秀吉:「儂ら百姓が評議に席に出られるだけでも有難いことじゃ。・・・確かに銭の工面は面倒やもしれぬが、銭など幾ら借りても城持ちになれば倍返しにしてやれる。大船に乗ったつもりでいよ」
またこの作品には、あまり見かけない解釈があり、読んでいて楽しかったです。
・墨俣城はもともと美濃・斎藤方に存在し、秀吉らが奪った
・竹中半兵衛が秀吉に仕えることになったのは、姉川の戦いの直前に長秀の説得によるものだった
・姉川の戦いでの徳川方の迂回策は、榊原康政ではなく本多忠勝だった
さあ、いよいよ下巻です!
