一つの事象に自身の想念を集中させ同化し操る止観。
水、火、月、風などに分類され、それぞれに命を懸けた修行が行われます。
水観(水)では、濁流に押し流され、溺れかける。
炎観(火)では、火に覆われ焼き尽くされる。
水観・・・円四郎。承元に師事。
炎観・・・平助。果心に師事。
月観・・・桂月。霽月・澹月(せいげつ・たんげつ)の2人の養母に師事。
風観・・・風我。一乗谷で生まれ育つ
円四郎、平助、桂月ら道士は、当初交わりはなく、反目し合います。しかし、信長による比叡山焼き討ちや長島一向一揆の「なで殺し」といった狂気に直面し、彼らは力を合わせる道を選びます。
道士たちは、それぞれ死と隣り合わせの修行を経て幻術を身につけますが、その過程は読む者に吐き気を催させるほど苛烈です。それほどの修行を経なければ、術は得られないのでしょう。
中でも、柴田勝家が謙信に追い払われた手取川の戦いでの円四郎の水観は圧巻。
濁流そのものとなったかのような術の凄まじいこと。一方で術後の円四郎の衰弱ぶりは目も当てられないほど。命を懸けるとはこういうことなのだと痛感させられます。
この作品は、信長の天下統一と狂気の史実に「止観」という幻想的な要素を巧みに織り込み、違和感なく物語に昇華させています。垣根涼介さん、さすがの筆力です!
