病室。

ベッドの上に昏睡状態の人。

見守る家族に寄り添う医者。

医者が家族に訊ねる。

「どうされますか。
胃瘻、人工呼吸器など生命維持装置を装着すれば生かされます」

答えようがない家族。

呆然と立ち尽くす。

「少し考えさせてください」

しかし、時間はない。

判断などできない。

患者にとって意識がないのに生かされる苦しみ。

家族にとって生暖かい体は愛の塊。

脈打つ心臓の鼓動

迷って当たり前。

生かそうとする家族の気持ちも分かる。

我がことになるが、2年半ほど前に亡くなったお袋は、ICUでチューブに繋がれ息絶え絶えの酸素マスクの中から言った。

「注射とかしんといて」

延命治療のことだと受け取った。

判断に苦しまずに済む大きな言葉になった。

やれることはすべて医者に任せてやって、それで駄目なら諦める。

そうして見送った。

その時に思った。

自分の時にも、治りもしない病なのに、カミさんや娘たちに要らぬ苦労をかけたくない。

判断したことにより、一生罪悪感を持ったり、本当にあれで良かったのだろうかと思い悩ませることは偲びない。

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だが、今は思い直している。

尊厳死と安楽死。

その境が曖昧だ。

ネットで調べてみた。

安楽死が「患者の苦痛からの解放」を第一の目的として、薬物などによって人為的に死をもたらすものである(ゆえに、「積極的安楽死」と呼ばれる)のに対し、尊厳死は「人間の尊厳を保って自然に死にたい」という患者の希望をかなえることを目的として、人工的な延命措置を行うのをやめ、その結果として自然な死を迎える(ゆえに、「消極的安楽死 」ともよばれる)。

でも納得できない。

尊厳死といえばリビングウィル。
健康な時、自ら明確な判断を下せる時の生前意思表示のようなもの。
どうせ回復の見込みがないのなら、闘病を引き延ばすのではなく、安らかに自然にその時を迎えたいという意味になるのだろう。

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しかし、生命は深い。
意思表示と言っても、意識と無意識とがある。

生存への意志は無意識層にあるもの。
意識がなくなっても、だからこそ余計にあらわれてくる。

患者自身の意志では尊厳死、安楽死を選んでも、無意識では強い生存欲を示す場合があるはずだ。

意識と無意識、どちらを大事にするべきか。
その人の本質は無意識にこそあるのではないか。

無意識の生の衝動を第一にすることこそ、生命尊厳になるのではないのか。

その根底には、死に対する恐怖、苦しみがある。

死の苦痛とは、死に対する苦しみではなく、もっと生きていたいという生のための苦しみ。

が、よく言われる生きている限り死ぬことはなく、死んだ時にはもういないのだから苦痛も感じないのも事実。

老いたり病に冒されくたびれ果てた身体には休息が必要なのも分かる。

だからこそ、死によって限定された生だからこそ価値があるのだ。

しかし、死は私たちの力ではどうにもならないものだから、生きている今を充実させるという意見には違和感を持つ。

なぜなら、生と死を二元論化し、生のみを重視しているからである。

そうではなく、死を問うことによって生を考える、いわゆる生の中に死を見つめ、死の中に生を感じ取る、そうした生命の全体観に立った生死一元論型死生観こそが、より良い生と死を享受でき得ると思えるからだ。

時に理想的だと思われる不老不死では、生命はふん伸びたままで成長はしないに違いない。

死がこの世での喜びの完成形の生だと捉えられてはじめて、生の目的は死となる。

死も歓喜、生も歓喜とは、死を受容し目的に、より充実させることが生の目的ともなるということだ。

そうした意味では、古来、私たちの祖先は、多神教であり、自覚せずとも仏教的な考えを根強く根底に持っていたことに着目したい。

それは昔の人の美しい辞世の句にも死重視型として如実にあらわれている。

手にむすぶ 水に宿れる月影の あるかなきかの世にこそありけれ
(手にすくった水に映った月のような あるかないか分からないようなはかない世に生きていたんだな)
平安時代前期の歌人、紀貫之

その血は私たちにも脈々と受け継がれている。

つまり、死に方は生き方なのだ。

「あの時、兄さんが反対しいひんなんだらどんな人生を送っていたやろ」

亡くなる少し前におふくろがポツリと漏らした言葉。

舞鶴の後継の途絶えそうだった良家に嫁として懇願されたのだった。

もしあの頃に戻れたら、どの道を選ぶだろう。
もし今度生まれてきたら、どんな人生を送るだろう。

そんな夢を見るように死んでいきたい。

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