19歳になる長女と散歩に出かけた。
昔、まだ幼かった彼女と次女、
今より少し若かったかみさんも連れだって良く出掛けたものだった。
最後に訪れてから、もう十年以上経つだろうか……。
一昔が、ここに来てついこの前に思える。
それは、施設が全く変わっていなかったからだ。
時の経過を教えてくれるのは、
ただ周りに佇む大きく成長した木々たちばかり。
あの頃は、このベンチによく座って、こどもらがはしゃぎ回るのを、
ずっと見ているのが好きだった。
一番奥に見えるボールに乗ってレールをシフトする遊具は、
こどもらの大のお気に入りだった。
ふいに随分大きくなった娘が、乗りたい、と言い出した。
でも怖い、お父さん先に乗って、ときた。
仕方なく、ボールを引き寄せ、こちらも相当腹だけでかくなった身体で、
恐る恐る台に上がり、ボールを跨ぎ、いざハッシーン……!!
風を切り、かなり不格好な体勢で終点に向かい、
ぶちあたった反動で元の位置へ戻ろうとする。
……か・い・か・ん……。
大昔の薬師丸ひろ子の映画の名台詞が甦る。
それを見て自信と優越感を取り戻した娘は、
こどものようにはしゃぎながら、
こころを取り戻すかのように、
何度もなんども、幼い遊びを繰り返した。
時の風に揺り戻されたふたつのボールは、
仲良く、しばし時空の狭間でこころを弄ぶのだった。
空中遊泳にも飽き、
隣接の滑り台の前にかがむと、
隠れて見えない上方から、
幼い娘が、奇声を発しながら、
今にも滑り落ちてきそうだった。
……それから、せっかくだからと、その辺を散策することにした。
芝生の緑も美しい広場は、
ゲートボールに勤しむかなりの数のご老人たちが、
曇り空の下、笑顔を拡げていた。
それを横目に眺めながら、奥に進むと、
ちょっと風流な橋があり、何処へ向かうのかと渡ってみることにした。
すると、いつの間につくられたのか、
緑に囲まれた遊歩道が出来ている。
嫌がるサンダル履きの娘を無視するほど、
こういうところが好きな私は、誘われるまま足を踏み入れた。
布施の溜め池を一巡する最高のロケーションだと錯覚した私は、
付いてきた娘に、あとでひどく文句を言われる羽目になってしまうのだが……。
湿潤地の上に取り付けられた粋な木板道を歩く頃には、
娘も鼻歌交じりに、後ろを付いてきていた。
懐かしいアメリカザリガニの屍骸や、
もうじき降りそうな天からの恵みを待ちきれずに、
這い出てきたカタツムリなどの姿が、
自然の落とし物のように思えた。
しかし、そうは思えない娘は、そのたびに大人の奇声を発した。
その様子に、こどもから大人に変わりつつあることに、
今更ながらに気づかされた。
ここから山へ入ることを教えるような小さな坂を登ると、
森に入り、緑の間に、新たにもうひとつの溜め池が現れた。
……えっ、こんなところにもあったんや。
今まで知らんかったなぁ。
そう、蜘蛛の巣や蚊が顔を掠め、
草や剥き出しの木の根などに足元を取られる、
山道や森の道が、彼女は大嫌いなのだ。
胸わくわく踊らせながら探検気分の私は、
地元にあった未知のジャングルに迷い込んだみたいに、
見失いそうになるくらい良く茂った森の草道を確かめるのだった。
幾分迷った挙げ句に飛び出したのが、
竹藪が覆い被さる林道だった。
右に行くと最初の溜め池を回り込む道、
左へ行くと、恐らく山道になると思った。
当然ここは、公園に戻る右へゆくところ。
ところが、その先を見ると、一応林道なのだが、
車が長い間通った形跡がないくらいに、
草がボウボウと生え放題に化している。
さてどうしたか……。
遠慮気味に娘を見つめると言った。
……来た道戻ろう!
娘の顔が見る見る引き攣って行く。
……エーッ!?
それはそうだろう。
もう、半時間以上歩いて来て、
もうじきに溜め池を一巡すると思っていたであろうから、
ーー当然だ。
……もう、お父さんと散歩はいかへん!!
そう言われても可笑しくない。
何も言い訳など出来るはずがない。
しばらく彼女のぶつぶつを聞きながら、再び森の中に戻り、
今度は私が、紛らわしに口笛を吹きながら歩いた。
……ようやく公園に戻ると、先と同じように、
ゲートボールが、あっちこっちでまだ迷っていた。
そして、車を停めていた公園裏の駐車場に向かうと、
こんなところにも迷路があった。
その中に一際目立って咲いている白い花を見つけた。
どこかで見た花だ。
彼岸花だった。
姿かたちはいつもの赤いものと何も変わらない。
ただ、白いだけ。
その時まで私は知らなかった。
彼岸花と言えば、
美しいほどのどこか不気味な赤い花とばかりに思い込んでいた。
後で人に聞くと、当たり前にあるものらしい。
でも、白いってだけで、何か幸せを運んでくれる花のように感じられる。
……迷い道に入ったおかげで、こんなすてきな発見も出来るのだと、
娘に言いかけて、すぐに唇を閉じた。
満開の花の傍らに、まだ蕾の彼岸花が、
今にも破顔しそうに微笑んでいた……。