観光名所、パンフと実物が大違い 金箔はがれ落ちた紫式部像
今回は、その話題となっているその紫式部像です。
敦賀市から 県道8号の敦賀街道を越前市に向けて出発しました。
実は、越前市には、何か所か見に行きたい銅像があったのですが、途中で道を間違えて
時間がないため、今回目的の紫式部像のみとなってしまう痛恨のミス・・・・。
国道8号から国道305号に入り、県道3号から「剣神社の織田信長像」を見に行く予定が、
気づいたら 武生駅という看板が見えてきており「あれ、もう紫式部公園の周辺じゃん?」という状態に陥っていました。
おかげで 剣神社から国道365号を通って 越前の里「味真野苑」の「継体天皇と照日の前」像を見る予定も
キャンセルになりました。
※カーナビなしの旅行は、こういうハプニングが楽しいです(苦笑)
県道28号線の「千福」交差点あたりで 公園が見つけるはずが、ここも迷ってしまいぐるぐるしてしまいました。(本当はすぐ通り沿いに公園専用の駐車場があったようです。)
「越前市ふるさとギャラリー叔羅(しくら)」という施設の駐車場を見つけたので、そこに停めて遊歩道を歩いたところで偶然 胸像を見つけました。
笠原武
場所:福井県越前市 紫式部公園 前の遊歩道
武生市(現越前市に合併)の市長。継体天皇ゆかりの地である味真野の振興に力を入れた市長。
道に迷っていなかったら見つけられなかった銅像なので、こういう発見が本当に楽しいです。
さて 紫式部公園に入ります。
大きな池と赤い橋がある平安朝形式の緑豊かな公園です。
池の向こう側に 銅像が見えてきました。
紫式部
場所:福井県越前市 紫式部公園
建立年:1986年(昭和61年)
作者は 日本彫刻界の巨匠:圓鍔勝三。
父・藤原為時が越前国府に任じられた時の2年間、この地で若き紫式部が過ごしていたということです。
当時・武生市の市政35周年記念事業として銅像建立と公園整備が行われたとのこと。
平安雅をイメージした十二単の銅像は、建立時は金箔で黄金色に輝いていたそうです。
平安女性の銅像は この銅像が日本初ということです!
台座横のレリーフには、宮廷の様子と 越前に向かう紫式部と父の様子を描いた平安絵巻が・・・。
紫式部像の目線の先は 日野山が見える風景です。
冒頭に戻りますが、建立当時は金色に輝いていた銅像は、今はこんな感じです。
ネットニュースでは現在の紫式部像はおぞましい姿になっている・・・ かつての威光は今やなし・・・と
地元で修復をとの意見が挙がっていると書かれていますが、どこまで求めているのでしょうか?
個人的な感想ですが、銅像は建立時から年月を経てからの姿が味というか風格が出てくるものだと思います。 まさか建立当時の金色に輝く銅像を求めているのであれば、なんか違うなあ・・・と思ってしまいます。
来年度以降でおおがかりなメンテナンスを検討しているようですが、銅像の作者:圓鍔勝三の出身地にある
広島県尾道市 圓鍔勝三彫刻美術館にも 同じ金色の紫式部像が建っています。
実物を見に行ってはおりませんが、おそらく定期的な清掃を行っており、味のある金色の銅像が建っていることでしょう。
越前市は今回の声を機に定期的な清掃を行っていただきたいと思います。
※今回の内容は この銅像に限らず、建立したら以降放置状態の銅像に対する考え方を改める良い機会
になると思います。
撮影日:2013/5/31 つづく

