RED WARRIORS 40th Anniversary Vol.4
Tour2026 "Back to Life”
所謂RED WARRIORS後期三部作と言われる
「FIRE DROPS」
「JUPITER TRIBUS」
「7th」
は、ざっくり1997年から2002年という期間に作られたわけで、特にJUPITERアルバムリリース前夜には
「本格的な再始動」「絶対にもう辞めない」等、ファンのモチベーションもMAXになるような発言もメンバーから出ていて、かなり盛り上がっていたことは間違いない。
その活動はとてもアクティブだった。
だからこそ、2003年に「無期限の活動休止」宣言に落胆したものだ。
金を持ち逃げされた、とか、普段は仲良くてもビジネスになるとダメになる、等、後年、この休止騒動をユカイは振り返っていた。
このあたりの経緯から2006年の「20周年記念」的なイベントをRED WARRIORSではやらなかったのかもしれないな、と今は思う。
結局周年記念的なライブはユカイソロでやることになったし、北海道ではキヨシとのコラボもあったり、レッドのボックスも制作されたものの、リリースは翌年になった。
2007年には早々、ユカイのソロアルバム制作の吉報やローリングロックスというイベントにシャケ参戦という告知もあり盛り上がっていた。
更にさんま御殿に出たユカイが想定外のウケ方をして、バラエティーデビューを果たし、一気にお茶の間へ認知されるようになってしまった。
こんな流れが上半期に起きていた。
そして水面下ではRED WARRIORSのライブの動きがあったことはまだ知るよしもなく、ローリングロックス当日、最後の最後に
「10月ZeppでRED WARRIORSのラストライブをやります」と言った。
(結局は単なる言い間違えだと後から判明w)
当然場内は大盛り上がりとなったが、僕は冷静に
「あ~、活動休止というこの半端な状態のレッドについに終止符打つんだなあ〜カッケエな〜」等と思っていた。
そしてそのチケットが売られる頃、名古屋のELLで追加公演の発表がある。
僕は最後ならばとそれも取り、名古屋まで観に行った。
実はの話、元々はELLのオープン30周年記念をRED WARRIORSでやってもらえないか、というオファーがあり、アマチュアからお世話になっていたシゲさんのために一肌脱ぐか、となったようだ。
それは一旦伏せて、Zepp東京の予定を入れたという流れなのだろう。
しかし、今となっては、そこから2009年にもライブがあり、なんだかんだライブ活動としてのRED WARRIORSが息を吹き返したことには間違いない。
僕としてはそんな19年前(1年遅れのデビュー20周年記念)に訪れた名古屋を、40周年記念Yearでまた訪れることになった。
車で行ったので観光等は出来なかったし終演後もラーメン食べてすぐに帰ったので、名古屋堪能とはならなかったが、建物や辺りは変わってない様子で懐かしかった。
ドアオープンSEはビートルズの赤盤(2023エディション)が流れていた。
僕が初めて買ったビートルズのアルバムも赤盤だった。
シャケのアンプのトラブルで開場が遅れたが、いつものように殺し屋フッカーと共にライブは始まった。
KING'SROCK'N'ROLLからスタートをして、
じゃじゃ馬
90REVOLUTION
ダンスマカブル
サンデーサンシャイン
ワンウェイドライバー
セイルアウェイ
野生の風
ルシアン
モーニングアフター
ブラックムーン
7thStrip
バックトゥライフ
フーリッシュギャンブラー
ワイルドチェリー
バラとワイン
【EC】
シェイキンファンキーナイト
カジノ
【EC】
アウトサイダー
となった。
「セイルアウェイ」や「ブラックムーン」は久しぶりだったので嬉しかった。
「モーニングアフター」もアコースティックな編成ではやらなかったので、「ロイヤルストレート」のシングルB面でもお馴染みのバージョンでの演奏。
僕はそのライブテイクが好きで良く聴いていたので嬉しかった。
「バックトゥライフ」は名曲。
最後「バラとワイン」の前にメンバー紹介をするも、三国さん西川さんの後、シャケに行き、少しどよめくと、ユカイ自身の紹介から、「バラの香りとワインの夜に」等と進めるので、会場からはキヨシ〜!!
とか、近場の人は「忘れてる?」と言うし、当のキヨシもマジ?みたいな挙動をしていた。
しかし三国さんがクラブバージョンのイントロを弾ききると、ドラムのフィルはなく、袖からケーキが運び込まれた。
成る程、その日はキヨシの誕生日だったのだ。
三国さんの弾くハッピーバースデーで会場のファンからは合唱となりおめでとうの歓声も上がっていた。
今回のツアーは前年とは違って後期楽曲をやるという触れ込みだったのでとても楽しみにしていた。
「7thStrip」や「野生の風」「バックトゥライフ」は近年でもやってるので新鮮味にはかけたけど、
他では、「たった1度のラブソング」や「光のように」をやったようで、それはめちゃめちゃ聴きたいと思った。
「ブラックムーン」や「ワンウェイドライバー」等は久しぶりだったし、嬉しかった。
シャケは後期のアルバムを「不遇」と言っていたが、僕はそうは思わない。
実際盛り上がっていたし、アルバムも良い曲で占められている。
僕は2003年以降、レッドでもソロでもやることのなかった「後期アルバム楽曲」からこの先セレクトしてほしいし、それらで埋められたライブも観てみたいと思う。
次はソニックシティ、どんなライブとなるか。
まだ当分続く「RED WARRIORS 40th Anniversary」
40年はとてつもなく長い時間だ、
僕が15歳になった年。
中3から高校生になった年。
前年の夏からハマっていたおニャン子クラブも新田恵利から始まったソロデビューを観た途端急速に熱が冷めていった年。
入学式直前の日に祖母宅で付けっぱなしのテレビから流れてきた岡田有希子の自殺の報に驚くも、そこから1週間くらいして写真週刊誌に掲載された横たわる遺体の写真の衝撃の方が強かった年。
サイモン&ガーファンクルにハマっていたことでビートルズにハマっていたクラスメイトの田中と仲良くなり僕もビートルズの沼にハマっていった年。
マイレボリューションが流行っていてそれは強烈に覚えている年。
そして「RED WARRIORS」のレの字もRの字も知らなかった年。
それが1986年。
今から40年前の話だ。