七ヶ浜あれこれ 【海苔】 第1回 | 七ヶ浜復興応援サポータープロジェクト

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こんにちは!
サポプロ7事務局です。

この度、七ヶ浜の文化や産業、歴史についてご紹介する
シリーズ 七ヶ浜あれこれ を始めることになりました。

サポプロ7事務局スタッフもあらためて七ヶ浜について勉強中…
みなさんに「へぇ~!そうなんだ~!」と思ってもらえるような
記事をご用意できればと思います!

ちょっと長くなることもあるかもしれませんが、ぜひお付き合いください♪


第1弾は【海苔】について。
これから3回にわたってご紹介します!


第1回「海苔の歴史と七ヶ浜での養殖の始まり」

七ヶ浜町は、周囲の7割以上が海岸線で占められ、
古くから沿岸漁業が盛んで宮城県内でも指折りの
漁業の町として発展してきました。

中でも、七ヶ浜の基幹産業とされてきたのが海苔の養殖です。


【海苔の成分について】

◆重量の約40%がタンパク質
 ⇒「畑の肉」といわれる大豆よりも割合が高く、消化吸収も早い
◆多種多量のミネラル、ビタミンA群・B群、カルシウム、鉄分を含んでいる
◆βカロチンが豊富
 ⇒発がん性を持つニトロソアミンの生成を抑える効果がある

まさしく海苔は「海の健康食品」とも言える食品なのです!


【海苔の歴史】

日本人と海苔の関わりの歴史は古く、
奈良時代には地方産物の年貢の一つとして
紫菜(むらさきのり)が選ばれていたといいます。

平安時代には海苔は貴族の食べ物ともされており、
希少で高級な食べ物でした。

誰もが海苔を食べられるようになるのは江戸時代になってからのこと。
江戸湾(現在の東京湾)で篊(ひび=木の枝や竹を束ねたもの)を浅海に立て、
そこに付いた海苔を採取する自然養殖法が始まりました。

「海苔」という字が当てられるようになったのも
江戸時代になってからなんだとか。

江戸湾の海苔が幕府に献上されるようになり、
やがて江戸以外の地へも広がっていきました。


【七ヶ浜での海苔の養殖が始まる】

宮城県内の海苔養殖は、安政元年(1854年)に気仙沼で始まりました。
七ヶ浜では昭和4年(1929年)に代ヶ崎浜の佐藤藤平氏と伊藤平治氏が
共同で試殖したのが始まりです。

そして昭和8年、東宮浜の守田茂氏が、
東京府(現在の東京都)水産会主催の
「全国浅草海苔品評会」に海苔を出品しました。

その結果、見事に二等賞(銀メダル)を受賞!
七ヶ浜の漁業者が海苔養殖を開始してわずか5年目の快挙でした。

その後も年を追うごとに海苔養殖に参入する人が増え、
やがて七ヶ浜における水産分野の基幹産業へと成長していったのです。

海苔養殖の様子(昭和25年ころ、東宮浜)


(七ヶ浜町誌より) 


第2回へ続く