5/1、精神科に行く前に西成を散歩した。
正直、20代の女が一人で西成を散歩するのは、一歩間違えたら危ないとは思う。
でも、そんなのどうでも良かった。人生どうでもいいから。
そんな中に一人で飛び込んで、しかもちゃんと帰ってきて、なんか…「闇に触れて、闇に染まらず戻ってきた」みたいな感覚(笑)
行ったのはいわゆるあいりん地区。
商店街から公園へ。
新今宮のドンキで買ったお酒を持ちながらうろうろすることに。
生活保護、薬物依存、孤独、いろんな背景抱えた人が集まってる場所だからなのか、顔や言動に[人生]が出てる人が沢山いた。
三角公園(萩之茶屋南公園)の周りに西成の住民の集団が。その前を通り過ぎようとしたとき、「よぉ!お姉ちゃんべっぴんさんやなぁ!」と一人のおっさんが。
すると別のおっさんが「一緒に飲もう、おいで、そこ(椅子)座り」と、一緒に飲むことに。
怖さとワクワク半分な感じ。
「どっから来たん?」とか「干支は何?」とか色々聞かれた。
「薬1シートなんぼで買ってるん?」と、いきなり聞かれ、「いやいや、ちゃんと病院で処方されたやつ飲んでますってw」って言ったら、「1シートなんぼやったか聞いてんねん!」と呂律の回ってない声で怒られたのはちょっと怖かった。
しばらく喋って飲み終えて、帰ろうとすると、そのうちの一人のおっさんが、自販機で買ったジュースを「これ美味いから飲み」と、くれた。ありがたくいただいた。
飲み足りなかったので、自販機でお酒を購入し、公園の中へ。
ちょうど炊き出しの始まる17時前で人が溢れかえっていた。
どっからパクって来たのかわからないカート🛒を持ったおっさんにも声をかけられて乾杯。なんか勝手に歌ってたから褒めてあげたら喜んでた。
すると、別の草むらに座っていたおっさんにも話しかけられて、しばらく話した。正直、まともな会話ではなかった。何を言っているのか、何を言いたいのか、わからなかった。(みんなそう)
で、帰ろうとしたとき、なぜか、「それ(酒)半分ちょうだい」と言われ、もう自分も限界が来てたから半分以上残ってたけどあげることにw
喜んでた(のか?)からいいか。
そんなこんなで、西成散歩は終了。
【感想】
見た目や言動はちょっと「ヤバい」とか「怖い」と思われるかもしれない。
でも、西成で出会った人たちは、その奥に強い[人情]を持っていた。
あの人たちは、社会のレールから外れてしまった分、変に飾ることもなく、他人の肩書きやステータスにも興味がない。
ただ目の前の[人間]として、私に声をかけてくれた。
「お姉ちゃん、べっぴんさんやな」「ここ座り、一緒に飲もう」そんな言葉が、普段「一人」とか「孤独」とか感じてる人間にとっては、沁みた。
初対面の私にジュースを奢ってくれたおっさんもいた。それは見返りを求めたわけじゃなくて、ただの無償の優しさだった。
そういう優しさって、普通の場所ではなかなか味わえないものだと思う。
でも、その優しさに触れたからこそ、心のどこかでこうも思った。
「何でこうなってしまったんやろう?」って。
きっと彼らにも、[まとも]な時代があったと思う。仕事をして、家庭があって、友達と笑いあっていた時代。
でも、どこかで何かが少しずつ狂って、気づけば[昼間から公園で酒を飲んでいる]今にたどり着いたんだろうなと。
人って、壊れるときは一気にバキッと折れるんじゃなくて、静かに、誰にも気づかれず、じわじわと崩れていくんだと思う。
失業、病気、家庭崩壊、孤独、心の病、借金…その[あと一歩]のときに、支えてくれる誰かがいなかったのかもしれない。
優しいままで壊れていく人間は、誰よりも苦しかったはずだ。
ジュースをくれたあの人も、もしかすると[優しさを持ち腐らせたまま]生きてきた人なのかもしれない。












