映画『渇水』60秒本予告【6月2日(金)公開】2023
(町山智浩)今日はですね、前回は水中物だったんですが、今回は水が全くない世界の話で。それこそ『マッドマックス 怒りのデス・ロード』みたいなんですけど。『渇水』という去年、公開された日本映画をちょっと紹介したいんですよ。これ、去年公開されているにも関わらず今、この話をしたいと思いまして。これはAmazonプライムとかU-NEXTとか、配信で見れますんでぜひ、ご覧いただきたいんですが。『渇水』っていうのは水がなくなってる状態ですね。
だから全く、本当に『マッドマックス』の世界みたいな、砂漠の世界みたいなんですけども。これ、舞台は群馬県前橋市で。市の職員で水道局員である主人公を生田斗真さんが演じています。で、彼の仕事は水道のメーターを検診するんじゃなくて、水道料金を払わない人の家に行って「水道料金を払わないと、水を止めるぞ」と言って実際に水を止めて鍵をかけるっていう仕事なんですよ。これはね、原作を書いた人が実際にその仕事をやっていた人なんですね。河林満さんという人が1990年にこの小説で芥川賞を取ったのかな? この人自身は東京都立川市の職員として水止めをやってた人なんですよ。
(町山智浩)で、水を止めに行くわけですけど、水道料金を払えない人たちっていうのはみんな、お金がないわけですよ。で、だいたい今だと1人1ヶ月2000円ぐらいが平均の水道料金らしいんですけど。家族が増えれば、人数分増えていくわけですけど。それも払えない人たちがいる。で、何回かその家を訪ねていって。それで水道料金を払えない人の水道を止めていくことが彼の得点になるんですよね。
(石山蓮華)ああ、そうなんですね……。
(町山智浩)そうなんです。払ってもらえれば、それもまたひとつの得点になるんですけども、払ってもらえない場合は止めるってことは彼の仕事だから。これ、非常に残酷な仕事をすることになりますよね。で、止めなければ上の人から怒られるわけですよ。「なんで払えないのに、止めないんだ?」って。だから彼はだんだんつらくなっていって。その中で彼がとうとうぶち当たったのが非常に貧しいシングルマザーの家なんですけど。これ、門脇麦さんが演じてますけど。
彼女は夫に逃げられて、シングルマザーをやってるんですが、就職ができなくて。それで、なんていうか、マッチングアプリで売春をして暮らしてるという。で、娘さんが2人いて、上の子は中学生。下の子は小学生で。彼らは夏休みで、家にいるんですね。そうすると、給食がないから貧困家庭の家はご飯を食べさせられないんですよ。そこで、水の料金を払えないということで、水道を止めなきゃならないということで、この生田斗真さんがものすごい葛藤を中で苦しんでいくというお話なんですけど。
これ、面白いのは一緒に水止めをやる相棒というか、若手がいて。これは磯村勇斗さんですね。彼がやっているんです。で、彼は最近、水を愛する男の役をやっていましたね。
(でか美ちゃん)『正欲』で。
(町山智浩)で、それとも繋がっていて。非常にこの『渇水』と『正欲』って結びついてるところがあって面白いんですけど。そっくりのシーンもあります。言いませんが。で、どっちの作品も「水とは何か?」っていう。これは、ひとつの象徴なんですよ。実際は水道局員の話ではあるんですけれども、人の心の潤いみたいなものも象徴しているんですね。で、途中からその水を止められた幼い姉妹が、お母さんが家に帰ってこなくなるんですよ。
このへんはね、『誰も知らない』っていう是枝裕和監督の映画に非常によく似てるんですけれども。あれも実話が元だったんですけども。子供たちだけで何とかサバイバルしなきゃならなくなるんですね。で、この主人公の生田斗真さんは彼女たちが水が止められてもなんとか暮らせるようにって、水を汲んであげたりして、いろいろ助けるんですけれども。やっぱり、「これ以上、この姉妹を助けていいのか?」ってことで悩むんですよ。
(でか美ちゃん)一生、世話できるわけじゃないですもんね。その場で助けたとして。
町山智浩さんが2024年7月2日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『渇水』についてトーク。日本中で進行中の水道のビジネス化などと合わせて話していました。
町山智浩 映画『渇水』2024.07.02
『渇水』
劇場公開日:2023年6月2日
◆「凶悪」「孤狼の血」などを送り出してきた白石和彌監督が初プロデュースを手がけ、生田斗真を主演に迎えて送る人間ドラマ。
作家・河林満の名編「渇水」を原作に、心の渇きにもがく水道局職員の男が幼い姉妹との交流を通して生きる希望を取り戻していく姿を描く。
監督:高橋正弥(愛のこむらがえり)
主演:生田斗真、門脇麦、磯村勇斗
どこまで手助けをすればいいのか?
(でか美ちゃん)幼くして、お姉ちゃんなんだな。
(町山智浩)そう。お姉ちゃんだからずっと、いつも「大丈夫だよ、大丈夫だよ。お母さん、帰ってくるよ」って言って、明るく振舞ってるんですよ。
(石山蓮華)それもなんだか、うーん……。
(町山智浩)ものすごく、見ていてつらくてね。で、「泣くのは水がもったいないよ」っつって泣かないんですよ。
(石山蓮華)うーん……。子供にそんなこと、言わせないでほしい。
(石山蓮華)しかるべき機関に繋いだりとかっていうことも、そうですよね。
(町山智浩)あとは「親戚はどういう人がいるんですか?」とか。そうやって1人1人に実は、この水道局員の人たちが話を聞いて。ただ水を止めるっていうんじゃなくて、何とか払えるように手伝おうとするんですよ。「お父さんとかお母さんは、どこにいるんですか?」とか聞いて。でも、この場合はお母さんが逃げちゃっているからこの姉妹って児童相談所に行くしかないんですけど。でも、子供たちが児童相談所に行くと、自分たちのお母さんと離れなきゃならないから、子供たちは行きたくないわけですよ。じゃあ、どこに行ったらいいのか?っていうことで、八方ふさがりになってくるんですけど。
それでなぜ、この1年前の映画の話を今、しなきゃならないと僕が思ったのか?っていうと、今年もまた日本の夏はめちゃくちゃ暑いですよね? そんな中で水道を止められた人たちは、死にますよ。でもね、すごい今、日本は水道を止めてるんです。どうしてか?って言うと、日本って地方は水道業務が全部ダメなの。赤字。というのは、人口がものすごく減っていて。水も以前ほど使わなくなっているんですよ。世帯人口も減ってるから。子供がいると水はいっぱい使いますけども、子供も減ってますから。で、各地方自治体の水道事業が全く立ち行かないんですよ。
日本はこれ以上、現在の水道システムを維持できない?
(でか美ちゃん)でも、すごい不安じゃないですか? 「ひねったら水が出てくる」という環境が変わるっていうことですもんね?
(町山智浩)そう。ひねったら飲める水が出てくるっていうのは本当に幸せなことで。世界中でもそんな国って、すごく少ないですよね。僕は今、オレゴンにいるんですけど。オレゴンはアメリカでも数少ない、水道水が飲める場所なんですよ。ここと、コロラドのボールダーとあと数ヶ所しか、水道水をそのまま飲めるところってアメリカにはないんですよ。でも日本なら、どこに行っても水道水を飲めるんですね。水が豊富だから。でも、それを供給するシステムがもううまくいかなくなってきていて。
(石山蓮華)水はあるのに、行き渡らないってことなんですか?
(石山蓮華)でも、水道を止められた側からすると急に水が……たとえば忙しく働いていてとか。あと体調とか、いろいろなことに事情があって。ちゃんと紙を受け取って、読めるかどうかってわからないじゃないですか。行かないと。
(町山智浩)要するに催告書が郵便で送られて、何回か催告書が送られた後、そのまま払われない状態だと自動的に水を止めるという方式に今、東京はなっちゃっているんですよ。
(石山蓮華)怖い、怖すぎる……。
(石山蓮華)大変でしたね。
(でか美ちゃん)急に止まった記憶があって。もう、めちゃめちゃ絶望しましたよ。ひねっても何も出なくて。お風呂にも入れない。
(石山蓮華)トイレを流そうと思っても、急に流れないみたいな?
(でか美ちゃん)そう。で、「本当にごめんね」って言って友達の家に行ってその時はお風呂に入らせてもらったんですけど。でも、私の場合はともかくとして、それが貧困とかが理由だったり。子供だけでサバイバルしていかなきゃいけない状況に置かれた子たちってなったら、やりようがないというか。本当に。
コスト削減のために対面での督促をやめる
で、この映画『渇水』の中で一番大事なのは生田斗真さんが何度も言うんです。「人間は水がないと死ぬ。太陽光線がないと死ぬ。空気がないと死ぬ。でも太陽光線と空気はタダだ。なんで水だけお金を取るんだ?」っていう。ねえ。それを止めたら、死ぬんだもん。「おかしいだろ?」って生田斗真さんは言うんですけど。実は水道、本当はお金を取っちゃいけないんですよ。それは、憲法違反なんです。これ、実はおかしくて。水道に関しては国や地方自治体は最低限の量はタダで提供しなければならないんですよ。
なぜなら日本国憲法の25条に「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」って書いてあって。その第2項に「国は、すべて の生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」って書いてあるんです。つまり、国や自治体は国民が最低限の生活を保障することを義務付けられているわけですね。水を止めたら、最低限どころじゃないですよ。死ぬんだもん。だから水を止めるっていうことは実はこれ、憲法違反なんですよ。だけど、タダだと水道の業務ができないから、仕方なくお金をもらってますよという形を取っているわけなんですよ。水道に関してはね。
日本国憲法25条「生存権」
(町山智浩)そうなんですよ。でも、水道は結構大変で。世界中で今、民営化が進んでいて。お金を取ってそれでビジネスするという、水ビジネスっていうのを始めているヨーロッパの会社がいっぱいあるわけですけど。これって『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のイモータン・ジョーなんですよ。
(石山蓮華)そうですね。
水で人々を支配するイモータン・ジョー
(石山蓮華)本当に死活問題ですね。
(でか美ちゃん)しかもついつい、当たり前のように電気代を払う、水道代を払う。ガスの家庭のところはガス代を払うとかってやるから。こういう問題が表面化してきた時に「払ってないなら、もらえなくて当然じゃん」みたいな自己責任論におちいりがちなんだけど。ちゃんと今、町山さんに教えてもらったように「憲法上、水は保障されてますよ」っていうのを聞いたら、たしかにこの訪問なしである日、突然水が止まっちゃうっていうのはなかなか残酷な……。でも、職員の方はいろんな思いがあっても、仕事だし。それで止めるしかないっていうことなんですね?
(町山智浩)そうなんです。「水を供給するために仕方なく、みんなから水道代をもらっていますよ」っていうものなのに「水道代を払わないなら、水を止めるぞ」っていうのはおかしいんですよ。それは。それって「空気を吸うな」みたいな世界になっちゃうんで。
(でか美ちゃん)そのスタートがおかしくなっちゃってるというか。その認識がずれてきちゃってるってことですよね。
(石山蓮華)なんで、お金がない。お金を払えないと、生きていけないんだろう? お金と生命って切り分けて考えられてほしいと私は思ってるんですけど。そこを一緒くたにされると、本当に嫌だなと思いますね。
(石山蓮華)すごいね、きれいな感じで。ぜひ見てみようと思います。今日はAmazon Prime VideoやU-NEXTなどで配信中の映画『渇水』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。
(町山智浩)どうもでした。