AMERICAN FICTION | Trailer 2
(町山智浩)今日はですね、映画館じゃないんですね。Amazon Prime Video独占配信が今日から日本ではスタートした『アメリカン・フィクション』という映画をご紹介します。
LV アンダルシアに憧れて
(町山智浩)はい。いきなり真島昌利さんのソロ『アンダルシアに憧れて』。聞いていただいていますが。これ、歌詞を聞いてください。はい。この歌はブルーハーツにいたマーシーさんの昔の……これも20年以上前の歌だね。聞いたことはありますか?
(石山蓮華)聞いたことはあります。
(町山智浩)『アンダルシアに憧れて』という歌なんですけど。これ、結構ヒットしたんですが。カバーもいっぱいされてますけども。歌詞の中で今、聞いたところで「スタッガーリーは言うのさ」って歌詞が出てくるんですよ。当時、「スタッガーリーって何?」ってみんな、なったんですよ。歌詞の中に「スタッガーリー」っていうのが何回も出てるんですよ。もう1回、出てくるのかな? 敵のギャングのボスの名前なんですけど。「これ、何だろう? スタッガーリーって?」って思ったいら、今回紹介する『アメリカン・フィクション』の中に非常に重要な役で出てくるんですよ。スタッガーリーが。
(石山蓮華)はい。
町山智浩さんが2024年2月27日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『アメリカン・フィクション』について話していました。
町山智浩 映画『アメリカン・フィクション』2024.02.27
『アメリカン・フィクション』(原題:American Fiction )
Prime Video配信開始日:2024年2月27日
◆「ウォッチメン」「グッド・プレイス」など人気ドラマの脚本家として活躍してきたコード・ジェファーソンが、パーシバル・エベレットの小説を原作に初メガホンをとった監督デビュー作。
アカデミー賞の前哨戦として重要視されるカナダのトロント国際映画祭で最高賞にあたる観客賞を受賞して注目を集め、第96回アカデミー賞でも作品賞ほか5部門にノミネートされた。
監督:コード・ジェファーソン
主演:ジェフリー・ライト、スターリング・K・ブラウン、トレイシー・エリス・ロス
「スタッガーリー」が非常に重要な役で出てくる
(石山蓮華)本人はエリートなのにということですか?
(町山智浩)はい。もうエリート中のエリートで。お父さんはお医者さんだし。家は結構、豪邸で。別荘まで持ってるようなアフリカ系の人で。家族がみんな、自分以外は医者だったりするんですね。で、ギリシャ悲劇をもとにした純文学の小説を書くんですが、全く売れないんですよ。で、大学教授をやっていたんですけど、クビになっちゃって。お金がなくなっちゃって。それで困って「俺は実はギャングで」っていう嘘の自叙伝を書いたら、もうめちゃくちゃ売れちゃって困るというコメディですね。これが今回のアカデミー賞で作品賞、脚色賞、作曲賞、主演男優賞、助演男優賞の5部門にノミネートされてます。
(石山蓮華)すごいですね。
(町山智浩)それなのに、なぜか日本では劇場公開がないんですよ。
(でか美ちゃん)私、正直この作品の存在も今日、知りましたもん。
(石山蓮華)ええーっ? なんかねじれている感じがありますね。
(町山智浩)そう。
(でか美ちゃん)その文脈の中でも、ダメだったのか。
(石山蓮華)へー!
(町山智浩)で、彼は『007』シリーズでずっとジェームズ・ボンドの相棒みたいな、CIAのスパイのフェリックス・ライターとかを演じてた人で。結構、見るといろんな映画に出てくるから「ああ、あの人だ」ってわかると思いますけど。ずっと脇役でやってきた人で、今回堂々、主演でアカデミー賞のノミネートされてますけど。で、彼はなんでそういう「自分はギャングだ」っていう嘘小説を書くことにしたかっていうと、ブックフェアというところに行くんですよ。これ、ブックフェアっていうのは日本にはないのかな? 僕ね、昔アメリカで1冊だけ、本を出したことがあるんですよ。20年ぐらい前なんですけど。その時にもブックフェアにかけられて、いろいろあったんですが。アメリカって、出版する前に本の印刷部数を決める前に、まずブックフェアにかけるんですよ。ブックフェアっていうのは書店とか読書関係のメディアとかが集まるところなんですね。そこで宣伝をかけて、マーケティングをかけて、それから部数を決定するんです。
(町山智浩)そうです。だから、アメリカはそのベストセラーが出る時に、いきなり「ベストセラー」って書いてあるんですよ。発売したばっかりなのに。
(石山蓮華)新刊なのにベストセラーが決まってるんですか?
(町山智浩)どうしてかっていうと、そのブックフェアでもって部数が何十万部とか、先に決まってそれを刷るからなんですね。
(でか美ちゃん)もう見えてるからなんですね。先が。
(町山智浩)そう。注文とかを先に取ってあって。まあ、今は少し変わったんですけど。Amazon中心になっちゃって、書店がだいぶ潰れたんで。前はそれだったんですよ。だからベストセラーは最初から決まってたりするんですよ。それはブックフェアで決定するんですね。で、そこに行くんですけど。そこですごいベストセラーんなる本が宣伝されてるんですけど。それが、『We’s Lives in Da Ghetto』っていう英語タイトルの……日本語に訳すと「俺たち、ゲットーに住んでいる」というタイトルの本なんですけど。これ、英語のタイトルが文法がでたらめなんですよ。正しくは「We live in the Ghetto」なんですけども。「We’s Lives」とか、もうめちゃくちゃなんですよ。「is」がいらないみたいなね。で、なぜそんなタイトルか?っていうと、これは教養のない黒人のでたらめ文法のタイトルなんですね。それもまた差別的でしょう?
(町山智浩)ところがこれを書いてるのは、黒人女性の作家なんですよ。で、「私は黒人の貧しい人たちの生活があまりにも知られてないので、それを書こうと思った」って宣伝をしてるんですよ。ところが、その女性作家は一流大学を出て、一流出版社で働いていたエリートなんですよ。
(石山蓮華)あら、皮肉な……。
(町山智浩)これ、実話なんですよ。
(石山蓮華)ええーっ?
(でか美ちゃん)なんか、やだなー。
実話をベースにしている
で、それを見て「こんなことはやっちゃいけないんだ」と主人公のモンクは思うんですけど。お母さんがね、アルツハイマーになっちゃうんですよ。で、もう24時間介護の施設に入れなきゃなんないんですけど、それがすごい高いんですよ。アメリカって。日本も高いですけどね。で、彼はさっき言ったみたいに大学をクビになっちゃって。別に小説も売れないし、金がないんですよ。で、彼の妹は中絶医をやっていて、それなりにお金があったんですけど。この「中絶医」っていう職業も皮肉な職業にしてて。妹はその命をいつも狙われてるんですよ。アメリカの中絶に反対する人たちは、その中絶医院を爆破したり、医者を銃で撃ったりするんで。
(でか美ちゃん)そんな過激な……。
(町山智浩)これ、コメディですからね?
(町山智浩)そう。原作小説はコメディじゃないんですけど。映画にする時に完全にコメディにしていて。そういうところを全部、皮肉にしてるんですよ。で、弟も医者で、美容整形外科医なんですけども、お金はないんですよ。離婚されちゃって。白人女性と結婚したんですけど、白人の男性とセックスしているところを見られて、離婚されて。子供もいたんで、賠償金を払っていてお金がないんですね。このへんもギャグですよ?
(でか美ちゃん)自業自得だけど、散々だな(笑)。
(町山智浩)だから、お金がないから、モンクはどうしてもベストセラーがほしいんですよ。で、やけくそになって、酔っぱらって一気に……「俺はギャングで、人を殺して逃げていて。こんな苦労して、父親は役立たずで」とかね。本当は父親、お医者さんなんですけど。で、その貧しい黒人の主人公というか、書いてる本人がギャングになっていくっていうのを書いて。で、それをエージェントに持ち込むんですね。で、アメリカはね、小説家とか物書きはみんな、エージェントに所属してるんですよ。そこが出版社に売り込むんですよ。だから、芸能プロみたいになっています。それでエージェントが「これ、すげえな! これ、売れるよ!」って言うんですね。そうすると「いや、それは全部でたらめだぜ? 知ってるんだろ?」っつったら「お前はわかってない。読者って馬鹿なんだぜ!」ってエージェントに言われるんですよ。それで「本当かよ? 信じられねえな」とか言っているんですけども。それを出版社に持ち込んだら「すごい! これはめちゃくちゃ売れるから、100万部刷ろう!」みたいな話になっちゃうんですよ。
(町山智浩)で、もういきなり、出版される前からハリウッドで映画化が決まっちゃうんですよ。
(石山蓮華)トントン拍子ですね。
(町山智浩)これ、アメリカはエージェントが出版社に送ると同時に、アメリカの映画会社全部に送りつけるんですよ。だから出版と同時に大抵、映画が決まってるんですよ。
(石山蓮華)すごいメディアミックスというか。
(でか美ちゃん)ねえ。そんなことしてたら、トラブルも起きそうだけど……とか思っちゃう。
(町山智浩)そうそう。だからコントロールできなくなっちゃうんですよね。それでなんとか……「これ、本当にベストセラーになったら俺本人がギャングとして世間に出なきゃなくなる」ってなって。
(でか美ちゃん)著者インタビューとか、どうすんのよ?っていうね。
(でか美ちゃん)すごい、なんかいろんなねじれ構造の。
(町山智浩)そうなんです。
(石山蓮華)面白い映画ですね!
小説の出版をなんとか阻止しようとする
(でか美ちゃん)ああ、ここに出てくるんだ。
(町山智浩)で、このスタッガーリーというのは実在の人物なんです。この人、1800年代に実在した黒人のギャングっていうか、ヒモみたいな人なんですけど。すごくおしゃれしていて。酒場で喧嘩になった時に、すごく高い自慢の帽子を喧嘩の相手に取られちゃうんですね。で、取られたんで、いきなり相手を射殺して逮捕されてるんですよ。実際に。で、ひどい話なんですけど、それがその後のブルースマンとかロックンローラーとかラッパーの間でこのスタッガーリーがヒーローになっていくんですね。つまり「人を殺すほどおしゃれなやつ」っていうことで。
(でか美ちゃん)ものは言いようっていう感じがしますけどね。人を殺してるんだけど……っていう。
(石山蓮華)おしゃれに命をかけるみたいな。
(石山蓮華)どんどん、出てない本のために……。
(町山智浩)ねえ。でたらめなのに。「どうしよう?」っていう話なんですね。
(でか美ちゃん)あらすじだけ聞くとね、重い要素もあるのかな?って思うけど。意外とドタバタ何じゃないか?っていう。
(町山智浩)ドタバタです。後半とか、めちゃめちゃになります。でもその奥には一番大きな問題があって。「黒人」っていうとみんな、「貧しい」って思ってるじゃないですか。
(でか美ちゃん)差別をされていて……とかね。
(でか美ちゃん)「読者は馬鹿だから」っていうのもあながち間違いじゃないという事実があるから、しんどいですよね。自分自身もそうだなって思う時あるし。やっぱり刺激的なものに飛びついちゃうし。
(町山智浩)「それに合わせないと売れないよ!」とか言われるんですよ。それで主人公は悩むんですけど、お金がないし……みたいなね。ということでね、これは面白いですよ。『アメリカンフィクション』。
(町山智浩)どうもでした。
『アメリカン・フィクション』予告
AMERICAN FICTION | Official Trailer