ジャズ喫茶バリレラ オススメの1曲 No.628 Duke Jordan 「No Problem #1」
【Now Playing】
Track:No Problem #1
Performer:Duke Jordan
Title:Les Liaisons Dangereuses
Year/Place: January 12th, 1962/ RCA Studios in New York City
Released:1962
Label/No/Format:Charlie Parker Records/PLP-813/MONO
Engineer:
Notes:
☝︎おなじみのメロディ、"危険な関係のブルース" 映画「危険な関係」のメインテーマ。作者はデューク・ジョーダンでこれがオリジナル。しかし、映画ではアートブレイキーの演奏に差し替えられた。デューク・ジョーダンのため名誉復活の録音機会を作ったのは、パーカー未亡人"ドリス・パーカー"

1970年代頃から日本とヨーロッパで絶大なる人気を誇りながら、本国アメリカでは人気が出なかったのがピアニストのデューク・ジョーダン(Duke Jordan)。
本国アメリカでの不人気加減に嫌気がさし、ヨーロッパに渡る前に録音された1枚が1962年の「Les Liaisons Dangereuses (Charlie Parker PLP-813)」です。

発売元のチャーリー・パーカー・レコード(Charlie Parker Records)というのは、チャーリー・パーカー(Charlie Parker)の3番目の奥さんで、法定相続人でもあったドリス・パーカー(Doris Parker)が立ち上げたレコード会社。
主にチャーリー・パーカーに関連する未発表音源や、他社で録音された音源を再発する目的で設立されたレコード会社の様ですが、新規録音や、貴重な他のアーティストの買い取り音源を発売していた事で、一部ジャズマニアの注目を浴びております。
アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズで知られる映画「危険な関係」サントラ。本作は、作曲者である本家デューク・ジョーダン版。名曲「危険な関係のブルース」を3ヴァージョン収録。
1.No Problem
2.No Problem, No. 2
3.No Problem, No. 3
4.Jazz Vendor
5.Subway Inn
6.Feeling of Love, The
7.Feeing of Love, No. 2, The
Sonny Cohn (tp -1,3/7)
Charlie Rouse (ts -1,3/7)
Duke Jordan (p)
Eddie Khan (b)
Art Taylor (d)
Duke Jordan - Les Liaisons Dangereuses (1962) (Full Album)
ジャズメッセンジャーズのような熱い演奏を聴かせる「No Problem #1」、アップテンポのピアノトリオでちょっとラテン調の「No Problem #2」、宴の後の余韻漂う「No Problem #3」と続きます。
この3曲を続けて聴くと、映画のダイジェストを「音だけ」で体感している気分に浸れます。
後半(LPレコードだとB面)は、明るくアップテンポの「Jazz Vendor」、ミディアムテンポでファンキーに演奏される「Subway Inn」、2つのバージョンが収録された「The Feeling Of Love」と続きます。
このレコードに収録される「No Problem」という曲は元々、1959年のフランス映画「危険な関係(Les Liaisons Dangereuses)」の為に書き下ろされたもの。
その酷い仕打ちに怒ったドリス・パーカー(Doris Parker)が、デューク・ジョーダンの名誉回復のために録音したアルバムが、この1962年の「危険な関係(Les Liaisons Dangereuses)」という訳です。
という事で、ジャケットに「危険な関係(Les Liaisons Dangereuses)の作曲者はデューク・ジョーダンですよ」とわざわざ書かれているのは、そんな裏話があったからこそ。
共演メンバーはと言うと、フロントにはセロニアス・モンクのカルテットでお馴染みのサックス奏者チャーリー・ラウズ(Charlie Rouse)と、ディジー・リース(Dizzy Reece)に似た演奏を聴かせるトランペットのソニー・コーン(Sonny Cohn)。
ベースにエディ・カーン(Eddie Khan)、ドラムスにアート・テイラー(Art Taylor)というハードバップの演奏を得意とするメンバーを揃えた布陣。

黒人ピアニストながら、非常に端正な奏法で知られる。この独特な奏法はかつて文学的かつ抽象的に「通好みの燻し銀ピアニスト」と評論されることが多かったが、具体的な演奏技法としては同時代のハンク・ジョーンズやジョン・ルイスに代表されるフォルテをほとんど使わないソフトな鍵盤タッチと、特にジョーダンならではの個性だったのが、左手の打鍵タイミングであった。オフビートを重視するジャズの常道からすると異端ともいえるクラシック音楽からの伝統であるオンビートによる左手の演奏スタイルである。この特徴は初期の1940~1950年代に顕著で、演奏メンバーが明かされないブラインド・フォールド・テストでも容易に彼がピアニスト担当であることを聞き分けることが可能である。
フォルテ以上の強い打鍵を使わず尚且つ左手がオンビートの端正で柔和な演奏法の一方で、彼の若い頃はケンカ無敗の男、という伝説がミュージシャンの間で評判だった。アーヴィング・シドニー・ジョーダンという本名でありながら、デューク・ジョーダンが通名となったのは、この「ケンカ無敗伝説」が由来である。
1959年に渡欧以後、奏法は次第に強弱のダイナミックさが加わると共に、それまでトレードマークだったオンビートの左手打鍵タイミングにもオフビートを時折取り入れるようになり、後期~晩年は基本的に叙情派と分類されるものの、幅広い表現力豊かなピアニストとしてマニアから初心者までジャズ必聴のアーチストと評価されるようになった。
1950年代半ばからソロとしての長い活動に入り、ソニー・スティットやスタン・ゲッツの伴奏者を務めた時期を経て、トリオ形態での演奏や録音を行なった。作曲家としての代表作は、トランペット奏者のクリフォード・ブラウンがレパートリーに取り入れて有名になった「ジョードゥ(Jordu)」である。1952年からジャズ・シンガーのシーラ・ジョーダンと結婚するが1962年には離婚した。1978年からデンマークのコペンハーゲンに移住し、1973年よりスティープルチェイス社と契約して積極的なアルバム制作に取り掛かった。ジョーダンのライブ録音は、同社および日本のマシュマロレコード(Marshmallow)より頒布された。