※ジョン・レノン忌 | 七梟のブログ

七梟のブログ

気まぐれ

12月8日は、【ジョンレノン忌】です。 1980年(昭和55年)12月8日、ビートルズのメンバーだったジョン・レノンがニューヨークの自宅アパート前で熱狂的なファン、マーク・チャプマンにピストルで撃たれて死亡した。

 

 

John Lennon Tribute - "In My Life"

本作は1965年12月3日に発売された6作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ラバー・ソウル』のB面4曲目に収録された。レノン=マッカートニーの作。リード・ヴォーカルはジョン・レノン。

ジョン・レノンが故郷のリヴァプールでの思い出の場所や人々について綴っている。

1980年、ジョンは「ぼくが意識して自分の生活について書いた最初の歌だったな。(歌い出す)『忘れることのない場所がある/そのいくつかは変わるだろうが、一生を通じて忘れることのない場所が…』 それ以前に、エヴァリー・ブラザーズやバディ・ホリー流に歌を書いていただけなんだ。歌の文句以上のことは何も考えないポップ・ソングを書いていたんだな。歌詞の文句は自分とは関係ないといってもよかった。『イン・マイ・ライフ』の発想が浮かんだのは、メンラブ通り250番地のぼくの家から町へ行くのに乗ったバスの中でね。ぼくの思いつくだけの場所の名前をあげていったんだ。で、こいつは放っておくことにして、ひっくりかえっていたら、昔の友だちや恋人たちについてのあの歌詞が浮かんできたんだ。真ん中の部分はポールが手伝ってくれたよ」と語っている。

 

後年ポールは作曲は自分一人でしたと発言していて、大きな見解の相違がある曲である。

 

間奏でのプロデューサー、ジョージ・マーティンの演奏によるバロック音楽風のピアノソロが印象的である。これは録音された4トラック・テープを半分の速度で再生しながら空きトラックへオーヴァー・ダビングしたものである。元の速度に戻して再生したピアノのサウンドは、チェンバロ(ハープシコード)を思わせるものとなっている。

 

HAPPY XMAS (War Is Over) -

JOHN & YOKO THE PLASTIC ONO BAND with The Harlem Community Choir

ジョンのソロキャリアにおける代表曲のひとつであり、今もなお高い人気を誇る。ベトナム戦争を嘆き「争いを止めよう」「望めば戦争は終わる」というポジティブなメッセージが込められている。ただのクリスマスソングにしないあたりは、ジョンの才能と言える(元々ジョンは、『ただの』ではない、「永遠に残る、意味のあるクリスマス・ソングを作りたい」と考えていた)。B面曲は、ヨーコが歌う「リッスン・ザ・スノウ・イズ・フォーリング」(1971年当時の邦題は「ほら、聞いてごらん、雪が降っているよ」)。

 

1971年12月1日に、アメリカ等でリリースされた当初はチャートインしなかったが、翌年イギリス発売され、全英4位まで駆け上がった。ジョンの死後には全英2位を記録した。これは、今日の我々の感覚ではにわかに信じ難いが、リリースがXmas1ヶ月も前で「時期はずれ、早すぎる」と思われたからだという(1990年代後半以降では、このくらい早く準備しないと商業的には間に合わない)。これについて、「いつもの事ながら、ミスったね」と笑うジョンのコメントも残されている。

 

アメリカでは当時、キャッシュボックスで最高36位、レコード・ワールドで最高28位を記録。ビルボード(Billboard)誌では、クリスマスソングは一般チャートにランクインさせない規定があったため、HOT 100 にはランクインせず。1995年12月30日付のビルボードのアダルト・コンテンポラリー・チャートで、何故か1週だけランクインし、32位を記録している。

 

忌野清志郎 IMAGINE

 

 

 

imagine英語日本語歌詞

 

 

 

I LOVE YOU / OFF COURSE

間奏部にジョン・レノン訃報のナレーションが挿入

John Lennon - Watching The Wheels

ジョンがはじめて「スターティング・オーヴァー」を歌って聴かせたとき、あなたはどんな感じがしましたか?

 

ヨーコ:「Starting Over」「Woman」「Watching The Wheels」この3つの歌、特に「Watching The Wheels」は何百回も聴いています。この曲は、本当に私を息詰らせます。なぜだと思います?

 

この曲は、ジョンが過去5年間にしてきたことを要約したものです。私もジョンと一緒に過ごしてきましたが、ジョンにとってこの5年間は辛い時期でした。

 

「あなたは、今、何をしていますか?」と言う質問に、ジョンは「何もしていません」と答えていました。「次のアルバムはいつ出るのですか」などという質問もあり、誰もがとてもジョンに懐疑の念を抱いていました。

 

今ではジョンは「ハウス・ハズバンド(主夫)である」と宣言しています。主夫業をするのは、とても勇気がいることだと思います。さて、「なんだこのアルバムはラブソングだらけじゃないか」と人はいうでしょう。男臭い歌を書くのは簡単よ。つまり、ロックン・ロールのスターらしく女をムチでぶったり、部屋から放り出すか、酔っぱらってしまうとか(笑)

 

男の世界ではそういうイメージが普通でしょう。特にロックの世界では、そういうイメージを保つことは簡単なことです。しかし、その男らしいはずの人が、僕は主夫で、息子があり、そして妻を愛しているなどと言うと普通の人は変な気がするでしょう(笑)

 

Watching The Wheels」を聴くと、私は泣けてきます。ジョンにとっては、この5年間はとても淋しい旅の期間でしたから。今でも、まだ彼にとっては淋しい旅だと思います。「他の主夫たちはどこにいるんだろう。彼らと話をしたい」とよく言いますもの(笑)しかし、この世の中では、女性が女性であることが難しいのと同じように、男性が男性であることも難しいのです。

 

「Watching The Wheels」について、ジョンが銃弾に撃たれた当日のインタヴューが納められた『ジョン・レノン愛の遺言』から。