父が私を

過剰なほど心配したり、

口うるさかったり、

躾に厳しかった理由って


いったいなんだったのだろう

とぼんやり考えていました。




それでふと思い浮かんだことが

ありました。💡キラキラ


それは戸籍で見た

祖父に関する記述‥‥。





私と祖父は

残っている写真で見る限り

4回ぐらいしか

会ったことは無いと思います。



私の記憶に残っているのは

そのうちの1回だけです。





私が物心ついた頃には

かなりの高齢になっていて


記憶に残っているのは

祖父が籐の椅子に座り

一日中テレビを見ていた姿と


箸を持つ手がおぼつかなくて

「大丈夫かな?」と心配しながら

祖父を見ていた自分の目線。





父が亡くなった時

取り寄せた戸籍の

祖父に関する部分を読み、


「おじいちゃんは女性との間に

いくつかのドラマがあった

のだろうな。」と感じました。







それによって、少なからずも

父が何かしらの影響を受け


考えるところがあったのでは

ないかと推測します。





自分の娘にはそんな悲劇の

ヒロインになってほしくないと


ただ、真っ当な幸せを

強く願ってくれていただけで


そこには何の悪気も

なかったのかもしれないと

昨日、ふと感じました。





子供時代の私にとって

『厳しさ』と『愛情』は

相反するものとしか思えず


自分が父から『愛』を

与えられているようには

なかなか思えなかったのですが




あの厳しさは

私の将来の幸せを願っての

『愛』だったのだと




今は信じたいです。流れ星







ロケットわかりにくい愛情だったけれど…ダウン