とても良い事だと思う。
不要な思考や感情に惑わされる
隙がない時間は精神が磨かれていると感じます。
私の場合、
ひとりになりたくてかなりの運動量になる
バドミントンを好んでやっています。
もう5年が経とうとしています。
上手くなったな〜!って
言ってもらえるようになりましたが、
自分で上手いとは思ったことがありません。
好きなので、下手でも楽しい♫
無駄に動き回る私に
根気強く気長に教えて下さっている方々に
本当に感謝しています‼️
右腕の力はものすごく強くなりました。
いつも『あ〜‼️上手くなりた〜い!』と
叫びたくなります。^ ^
バドミントンは複数の人が居ないと成立しませんが、
ゲーム中は自分の事さえ考えない瞬間があります。
完全に『無』の境地になった時、
すごく解放されます。
たまに
笑いが止まらないゲーム展開があって
敵味方関係なくお腹をよじらせて大笑い😆
カコン(って。。どこでこの音が)
ヨロンと返球(前衛の人が既に滑り込んで横たわっている〜)
笑っているから気が利いたところに落とせな〜い!
もうやめて〜(爆笑)
横たわっている人からのまさかの返球💦
めちゃくちゃ上手い人は私の後方でその展開を笑っていて、後ろに来たシャトルを高い返球で体勢を立て直す時間を作ってくれる。
ありがたや〜
一体どこが『無』なのですか?
この場合は笑っている時ですね〜
本当に好きな事をしている時は、
真剣な場面も、
負傷していて痛い思いをする時も
サウナの様な室内も
『無』が引き出されます。
入る。かな?
楽しいと感じる事しかしたくない。
楽しい事だけして生きていく。
座右の銘であることに定義があるのかは知りませんが、
そんな存在の言葉です。