硫黄島ミッション | 7代目日記 ~更なるチャレンジ編~

7代目日記 ~更なるチャレンジ編~

7代目は、ガス屋を経営しながら、商工会青年部、若連、青年会議所、消防団 地域の活動をしています。菖蒲は市町村合併やモラージュ菖蒲の出現。政治経済が大きく変わろうとしています。まちのことや地域のこと家業のこと7代目が考えなどを書き込んでいきます。

10月29日 硫黄島


我々に硫黄島は何を語りかけるのであろうか


そんな想いで乗り込んだ”硫黄島ミッション”


民間人では渡航不能な我々の国土


硫黄島に降り立ちました。


羽田空港硫黄島


羽田空港より チャーター便 JAL D-90に乗り込みました。


D-90


窓から見える青い海、青い空。先人たちは国を守るため


どのような気持ちで海で渡っていったのだろうか。


つまらない平和主義ではなく、国を想って家族を思って


命を差し出した人々の気持ちを現代社会の私たちが


どのように生きるのかが大切なのだろう!



硫黄島が見え、チャーター機が着陸したときに


何ともいえない緊張感がでてきた。


遺骨が埋まっていると言われる滑走路。


青山繁晴さんのようにはいかないが


合掌してこの地に足をつけた。


硫黄島管制塔


ほとんどが低地のこの島において、唯一の山


擂鉢山に登った。


アメリカ軍の軍勢がこの岸辺に上陸したときに


ここからみた先人たちは、背筋が凍る思いをしたに違いない。


擂鉢山より


アメリカ軍が、旗を立てた有名な場所である。


硫黄島


自衛隊の方に引率されて、歴史の傷跡をみてまわった。

硫黄島

戦後60年たっても敗戦国 


日本というロジックは変わっていないのだろう。



この島には、戦死者の遺骨が埋まり、


戦争の薬莢や弾痕はそのまま残っり


不発弾が大量に埋まっている。


島全体が、墓場なのである。



壕の中は、地熱で灼熱地獄である。


現代人の私たちなら、1分と持たないであろう。



その中で私たちはそれぞれの感覚で


今をどう生きるか考えていた。



この地にきて、多くの日本人の血よって守られた


”未来”が私たちであり、私たちが”今をどう生きるか”を


先人たちは遠くより見ていることだろう。


アメリカ色に染められた個人主義の日本を先人たちは


どう見ているのだろうか?