5月9日 JCルーム
念願の記者会見を行うことが出来ました。
30周年記念事業の「3万個のキャンドルナイト」の会見を報道関係者に行いました。
2005年の委員会の時に、公開討論会の例会がありました。
その講師が、公開討論会を行うときに記者会見を行うと効果的という説明があり、
講師を駅まで送る車内で記者会見のやり方を聞きました。
その時にはじめて記者クラブの存在を知り、記者会見を行うのは案外簡単だと感じました。
その次の年に広報担当の委員長になり、委員会では記者会見やるよと担当委員を決め、
どのようにやれば出来るか調べました。
しかし、公に講評するネタがない。
当時の理事長の金沢さんには、「記者会見やりますよ。対外的な事業があればやりますよ。司会は自分がやりますので、お願いします。」と何度も言ってきました。
2006年度が進めば進むほど、やばい!記者会見級の例会がない。
自分の担当例会は総会と会員大会の引率。
やばい・・やばい、の意識から理事会では他の委員会に対外事業を必要以上に請求。
他の委員長には「うるさいヽ(`Д´)ノ」と言われる始末。
苦し紛れの広報誌発行!1市5町に対外誌のポスターを貼りまくりました。
しかし、とうとう2006年 ビックウェーブは来ませんでした。
いよいよ、2007年・・・久喜JC30周年の年。総務・広報委員会の担当副理事長になり、
黙って波待ちをするはずが
2006年に”うるさ方”に変貌した自分は、黙っていられず「記者会見」を連呼!
もちろん、みんなに総スカン。(ノ_・。)・・・・・・30周年の事業計画の中に勝手に記者会見を記入。
波が起きぬなら、自分から波を起こしてしまいました。
そうして、(自分の中では)2年越しの思い出記者会見をやることが出来ました。
LOMのメンバーには、30周年の事業より記者会見が目的かといわれそうですが・・・・
記者会見に応えることで懸命だった山中実行委員長と梅田委員長。
なんとか、この記者会見を成功に導こうと話をする大熊理事長。
なかなか、記者からの質問が長引き時間が気になる服部委員長。
その記者会見を後ろから見ていた自分は、開催できたことにご満悦でした!o(^▽^)o
多分、増田副委員長もだと思います。(2006年広報担当委員は彼)
少なくとも、ここに参加したメンバーは記者会見の意義を感じて頂けたでしょう。
2日、記者会見を行おうと商工会青年部のメンバーに話しましたが
・・・思いっきり引かれました。(゚Ω゚;)
新たな戦いがはじまりました。

