今日は終戦記念日ですね。
ある方のブログを読んでいて、ふと、17年前に鹿児島・知覧の『知覧特攻平和会館』に行ったことを鮮明に思い出した。
溢れる涙を必死で抑えながら読んだ『母への手紙』幼い(精神的にも、肉体的にも)時にはわからなかった、愛を感じ、大きな権力のために自分の命を捧げることのない世の中は絶対にあかんっておもったり
何のために子どもを授かり、母は産むんだと、怒りもあったな。
マザー・テレサがいつもおっしゃっていることが子宮で感じた瞬間だった
ちょっとだけ、私の話にお付き合いを。
私の父は鹿児島生まれ、母は、広島生まれ
幼い頃はな~んにも思わなかったけど
結婚して、子どもをさずかって、育ててきたことで、今、自分が生きていることの喜びや、感謝の気持ちを改めて感じています。
父方の祖父は、軍人でした。鹿児島という土地柄もあるのでしょう。「お国の為に身を捧げるのが、男(よかにせ)だ。」というような風潮もある。
父は実際に祖父には会ったことはない。
種だけ仕込んで、戦地に帰る。戦死した後に生まれたのが父。父親を知らない、父だった。
5人の兄、姉たちに育ててもらい、穏やかな素晴らしい人格者の父でした。
母は広島生まれ。戦争まっただ中の1943年に、原爆ドームの近くで生まれました。
そんな所で生まれたのに、死なずに生きている。驚きでしょ。
実は
母方の祖父は、体があまり丈夫でなかったようで、徴兵されず。
国立大学の教授でして、原爆が、投下された3ヶ月前に、熊本に転勤になったのだそう。
よく、「命拾いした!」と言っていました。
そんな、二人から生まれたのが『わたくし』なんですね。
しかも、予定日より10日遅れてうまれたので、予定とおりだと学年も1つ変わりますし、出生ホロスコープも違っている。
今とは全く違う人生を送っているはずです。
強運の持ち主だと自負しています。
私は、何のために『この日』に生まれ、この世に何を残していったらいいのだろう。
占いをするようになってから
そんな大きなことを考えてみたりとか。笑🎶
占いの仕事をして、たくさんの方々の人生を垣間見させていただきながら、思うのは、運命や、運気って本当にあるのか。ということ。
じゃあ、原爆が落ちて、一瞬でなくなってしまった方にはそんな『運命』があったのか、そんな『運気』だったのか…
また、そんな中、生き延びた方には、そんな『運命』があったのか
それって、わかるようで、わからないと思います。
占いは、当たるともいえるし、当たらないともいえる。
命が繋がって、私が生まれて、生きている、というのが事実。
今を精一杯生きる繰り返しが人生で、そんな運命を日々感じながら生きていると、占いをしてみたくなるんじゃないでしょうか。
わたしは
占いは、自分の人生を一生懸命生きている人にとって武器になってくれたらいいなとおもっています。
過去に、戦争で生きたくても生きれなかった人がたくさんいた。生きてるって可能性がいっぱい!チャンスもある!
命ある限り、精一杯生きたいし、思い通りに生きれたらなおいい。
自分のことをすべてわかるってことはないとおもうけど、自分の人生をふりかえってみることはできるし、未来に夢を馳せることもできる。
今を生きるために、占いで、過去にも未来にも行くことができるんです。
それが、星読み鑑定なんですよ。
星読み鑑定には
生年月日
出生時間
出生地
こちらが必要です。
『生まれた時間』は命占では必ずあった方がいい。
なくてもできなくはありませんが、大切なことがお伝えできない。
それでもいいなら、それでいい。
ですが、生まれた時間を割り出す技法を使った鑑定もやっています。
生まれた時間は占いでは大切です。これからのあなたの人生で占いを武器にして行くならば、知って損は絶対にないと思います。
こちらに詳しくかいています。
今回募集のモニター様の条件には『私と面識がある方』とあります。
レクティフィケーション占星術を受けたいけど、面識がないって方は、ぜひ、お茶会や、私が出没しているイベントなどでお友だちになってくださいね!