おちまさとが離婚。
やっぱ優先順位、氏的に言うとプライオリティ第一位は(笑)家庭じゃなかったって事か。
我を張ってナンボの人達でだし、使い分けれる程、人間誰も器用じゃない。
俺のプライオリティは氏とは違う。
って事は生き方も違うって事だな、当然ながら。
やりたい様にやってみたらいいさ、思い通りに。
少し前にゴルフを始めたが、最近練習をしていない。
次のラウンド予定は高松で11/14土。
再デビューから4回目のコースだけど、この前本部長が5回目で120を切れるかどうかがメドで、ダメならやめた方がいいというラインだとの事。
あと2回で120をきるぞ。

12/6日が湘南国際Mであと2ヶ月。
今回本気でサブ4.5を目指す。
その為のすべき事をこの2ヶ月はする。
きっと革命が体内から脳内へ、そして環境に起きる事になる。

肝はその行動が取れるか。
取る。
先日息子と見た「バケモノの子」の中で出てきた言葉「心の中の剣」。
仕事に戻りふと思い出した人物、中学で憧れたアイツ。
敵わないと思った、どう太刀打ちしても。
あれはきっと心の中に剣を持っていたんだ、大剣を。
能科学の白熱教室も見た。
人間の考え方の特性=性格も変えられる。
継続したトレーニング=新たな神経伝達経路が作られるまで特性を持った考え方や解釈を継続することで。
だからアイツを継続して徹底して演じれば、アイツの様になる。
けどそれはアイツじゃなく、俺の中にある俺が成りたい本当の俺。

本当に成りたいモノとその成り方が分かった。多大な収穫。
そして既に実践中。
そういうとなんか大成しなかった理由が親の所為って感じに聞こえるが、あくまで一要素という話。
にしても、熱くさせやがる。
焦がれる。
そういう思い。
これは無いよりあって良かったと思う。
一定の大成で満足して終了してるより、よほど良い。
この歳になって尚も最上級のカタルシスと言っていい、それは少年時代の自分の打ち込んで来たスポーツについて。
それはスポーツだけで括れない様々な要素を孕む。
そして、その想いを今だに現在のステージでも遂げられると、どかで真剣に信じている。
熱い、とにかく他で変えられない熱い想いが今だに募る。
スポーツ競技を通して。

少し想うのは父は俺の同世代の父より少し高齢、俺は遅い子だった。
昭和一桁、昭和8年生まれ。
俺は父が35才の時の子だ。
父の世代は、物心ついた頃に戦争が逼迫し小学校高学年で疎開。
戦争終了で疎開から戻ったら焼け野原の東京(神保町)で小学校卒業、法政一中入学、家業を手伝いながら大学まで法政。
私学だったが今ある様な部活動とは無縁だったと思う。
だから現代の子供のスポーツ環境には疎いし、娯楽のプロ野球とかオリンピックはそれなりに好きだったようだが、自分の子供のそれには繋がり辛かったと思う。
けど、それは大成出来なかった俺の言い訳でもある。
だから、それが今だに熱くなる諦めきれないスポーツへの想いになってるのかも知れない。
凄かった。
今日久々にスパークした。
頭の回転速度が。
加速装置が働いた様な。

そうなった理由は俯瞰で、しかも自分の脳内までをみていた為だ。
この効きめは凄い。
率直に凄い事に気づいた。
出来ない事には二つの種類がある。
①考えてはいるが実行しない
②考えつかない
実行するのにおいて、②ならば本人が考えていないので、可能性は偶然しかない。
だが①の場合は、本人の判断で実行していない事になる。
いかなる理由でも。
しないのでなくて、出来ないのだという事もあるというかも知れない。
ただ出来ないという判断を下しているのは自分なのである。

昔よく女子の食べ物の好き嫌いの話で「食べれない」という発言を聞き、妙に引っかかった。
それは「食べれない」ではなく正確には「嫌いなので食べない様にしてる」である。
つまり自分の意思で食べないだけで、物質として食べられない訳じゃないのである。

①は、これによく似ていて、出来ない訳じゃなくて、出来ない判断を本人がしているだけと言える。
物事は積極的に「やる」事を前提に考えていけるかどうかである。
更には、今まで考えつかない事も考えるようになる。
②→①の変容も起き、「やる」ケースが増えていく。
それが行動力かも。
行動力という言葉があり、よくそれがあるとかないとかいう。
勿論あった方がいいということなのだが。
「思い立ったら即行動しろ」とかいうが、結果失敗し、なぜ熟考しなかったのかと後悔することもしばしばである。
言い換えれば、良い事は直ぐ行動しろ、になる。
が、良いかに熟考が必要だったりする。
ま、あとは覚悟だろうか。

だが今回これを書こうと思いたった理由は他にあり、前提として必要だからここ迄を書いた。
じつは行動力とはそれ自身よりも、その前後関係に左右されるのじゃないか。
動ける状況が作られているかどうかが重要なんじゃないだろうか。
作るのは自分である。
初めに前後関係と言ったのは、その時点までの自分のもって行き方と思ったからである。
そこ迄に自分が引っ張って来たか。
行動出来る状況を。
だから行動すべき時点で、如何に力んでも中々出来ないし、しても失敗したりする。

前のブログに熟考と行動の見極めみたいな事をかいたが、それも重要だが、事前の状況作りが前提となってくる。
行動し易い状況作り、そこ迄の本人の納得感。
その辺で覚悟もまた高まる。
昨日のこっちでの初営業部会議、俺的には色々不完全燃焼だった。
あとの飲み会まで一部始終。
だが、仕方がないというか実際あんなものというのが紛れもない実力というのもある。
ジリジリ感は来てる。
マーケットとしての無知も、コアはi社というのが出た感じだ。
そして、リーダーとしての物差しではやはり積極性がコアポイントになる。
だが焦りも今迄同様禁物なのは重々踏まえるべきなのが難しいところ。
この見極めが新たなというかテーマとして浮き彫りになった。
今日の質問会議、俺としては結果的に自信になった。
ただそれは皆が自分なりに各々思っている事なのかもしれない。
だとしたら、それは本部長の思惑通りなのかもしれない。
とりわけちょっと不安に思えたのは、各部長。
この辺は肌感覚が所長より鈍ってる感が感じられた。
だがそれより縁遠い筈の本部長が、さすがに鋭いのは何故かというと、改革への取り組みの本気度の違いと言わざるを得ない。

ま、本気の方が面白いから。
そこが俺の出せるアドバンテージなのかなと今日は思える日になった。