自分の行こうとしてる所=目標。

そこへ行くには現在地の確認が必要。

現在地の確認が不十分だと目標を目指してても違ってたりする。

その事に気が付く=迷っている事を自覚する。


自分を見つめ直す事は弱いと不十分になる。

それは現在地点の確認を間違う事になる。

すると目的地に向かってるつもりが別のところを迷走となる。


ありがち。


例えば近場で行ったことがある所だとルートも分かるし感覚もある。

けれど、行ったことが無い所を思い浮かべた時、目標地点もあやふやだし、それに対する現在地の認識も相対的にあやしくなる。


東京の八重洲に行くなら問題なく行ける。

車でも、交通機関を使っても、少し無理すりゃ歩いてでも。

でもパリへ行こうとなった時、イメージが極めて希薄。

行った事ないから。

パリってどの辺?から始まって、それを明らかにしたら交通手段(飛行機)やパスポート、宿泊先も必要だし、何より費用が八重洲に行くより莫大に掛かる、時間も。


それを考えるかどうかは本気度の違い。

本当に行く必要が無ければ何となく思い浮かべるだけで終わる。

本当に行く事になった時に、現在地と目的地と手段を明確に確認し実行に移す。


①今、俺は現在地の確認で不足してる。

②目的地ももっと明確にするべきだしその必要がある。

③手段に至っては全くの検討不足。

本気度が足りない。


本気度が上がるにつれて③に顕著に表れて来る気がする。

手段は明確になる際には実施もされる事になると思う。

②は特に強さが必要で、本気になり精度が上がれば、それは強くも成っているという事。

①は行く事に主眼が移行すれば、つまり本気になれば明確になる。


思い浮かべる事=夢想 から 行動=行く事 に移行しよう。

本気になろう。

旅は目的地より行程が面白い。

上司が先天的にB型肝炎のウィルス持ちだという。

発症はしてなく、その可能性もほぼなくなってきているが、ウィルス持ちには変わらず。

で、極度の疲労感が出る事があり気力も体力も出ない、微熱も出る。

そうなった場合クスリと休養で治療するしかないとの事。

母親が被爆者でありごく軽度だが被爆手帳をもっているという。

その子供だから自分も二次被爆者としての手帳を持っているとの事。

だから遺伝子レベルで何らかの影響の可能性もあり、そのせいかもとの話。


自分も普通に午後とかに極度のダルさや眠気に襲われる事がある。

肝機能ってこういう症状に関係あるのか?

単にやる気の問題?

それと歳のせい?

と、今までは思ってたけどコレもお酒を減らす事で改善されるのかも知れない。

現に昔(学生や20代の頃)はココまでの症状に襲われる事は無かった様に記憶する。

最近は若干酒量を減らしたが、昔に比べればまだ多い。

昔は飲み会っていうモノが無ければ飲まない状況だった。

その頃のレベルに戻してみるか?


そう言えば新入社員の頃、先輩と同行した車の中で営業中に昼寝する話しになった。

当時、昼寝の習慣自体が無かった俺は疑問。

昼寝って必要?

肉体的な若さ、学生時の生活習慣、新人である純さも有り、そう思った。

その先輩は当時30才位でまあ飲む方だったと思う。

ある別の若い先輩(俺の2年先輩)が昼寝をしないというのを評して、「あいつは夜の睡眠時間が充分だから足りてる」という。

たぶん酒も飲む方ではなかった。


そのうち昼寝も有り、という先入観が俺の中にも育ち。

前述の疲労感も出る事があり。

そういう状況に今の今まで特に疑問も持たなかったけど。

これが無いとかなりイイ。

現状あるのだが、凄い弊害感、障害感。
心身ともに。

気が付いてない、若しくは検証不測かもしれないが、確認したら結果や成果に対してもスゴイ弊害かも。

酒が。

昨晩「ターミネーター2」のTV放映を息子に見せたらさぞかし反応が楽しみ、という事だった。

でも20:00にはTVの前でクッタリ寝てしまった。

それを寝床まで運んで横になったら私も朝まで寝てしまった。

睡眠時間が多かったからか、目覚めで月曜かと思ったが日曜と気付き二度寝した時の安堵感というかおトク感。

やっぱり睡眠時間が取れるのは万事にいい感じ。


映画のルーキーズ、気になるんだけどイマイチ見る気ない。

TVも見てたし。

でもあれって、かなりジーンとさせるし見せてる時の感情移入のさせ方が上手くて自分もジーンと来ちゃう一人なんだけど。

後に何にも残らない感じ。

そうド・フィクションて感じ、だからというか俺の中ではスッと消えてなくなっている感じ。

だったTVの時。

多分も映画も同じテイスト。

間違いなく俺もジーンと来ちゃうんだろうけど。

間違いなく、すぐ俺の中で消える、気がする。


対極なのが、井上雄彦のマンガ。

この前のバガボンドではダメ男の瀕死の母が、息子であるダメ男が自分の弱さ言う息子に、その負ぶわれた背中で、「この世に強い者など居ない、居るのは強く成ろうとする者のみだ」という事を言う。


深い。


俺も強きを目指している。

が、ゴールは無い様に思う。

自分の納得地点に辿りつけない。

という事は、そこへ行く途中の身。

どこまで行ってもそんな気がする。

けれど確実に以前居た所より先に進んでいる。

そうありたい。

先ず、睡眠は質・量ともに必要で重要だ。

昨日夢を見た。

またM村が出て来た。

学校で何かにぶち切れて暴れ回っている。

俺は尋常じゃない恐怖を感じ逃げようとする。

このところで、ふと目が覚める。

思うところがある中もう一度寝る。

今度は夢の中で抵抗を示す。

これは、M村に負ける前に自分に負けた状態を自覚し憤慨して立ち向かったのである。

M村にというより自分自身に。

この結果M村にはその後ボコられる可能性もあるが、この時点の自分には勝ったと言える。

男は負けると分かっててもやらなければならない時がある。

それはこういう時。

自分との闘いを避けてはいけない時

勝負には負けるかもしれないが自分には勝たねばならない時。

その闘いから逃げた事で、その後の人生を本当の自分でない自分で生きる事になる時。


睡眠は肉体的に絶対的に必要だが、精神的にも必要である事を実感した。

よく、人間は夢を見る事で精神的なバランスを取っていると聞く。

これを実感した。

実際の経験で体験できない事を夢を見る事で精神部分を補っている。

この意味で睡眠は質量ともに重要。

経験では短い量の睡眠では夢を見る事が少ない。

実際には深いのと浅い睡眠の繰り返しだから見ているのだろうが、目覚めた時に実感が残らない場合が多い。

そうすると「見た感」も軽減する。

というか全く無い。

無意識のうちに効用はあるのだろうが、見た意識がある方が夢の効果は大きい様に思う。


この夢を受けて、自分との闘いの重要さを再認識した中で今日を生きた。

そうすると自分の中に気概が練られた。


人間は前進感が有るのと無いのでは努力の出来幅が変わってくると思う。

自分の目指す所に徐々にでも前進してる感覚があるのなら頑張れる。

これがないと辛い。

コレが無い時に頑張れるかどうかも、その後の成果や効果を生む際のファクターとも言える。

だが、絶対的に有るに越したことはない。

それにコレは自分次第で得られるモノなのだから。

この前進感は客観ではなく主観による。

だから尚更自分に嘘はつけない。


人間を決める重要な要素に気概があると思う。

この要素は多分に天賦の才的なモノがあるという感覚が俺の中にはあった。

だが、そうすると望んでも手に入らない分類になってくる。

俺は欲しい、気概が。

無くてはならないが手に入れる事が難しい。

手段が明示されているモノじゃない。

それが、ココに有ると感じる。

気概は練って作り上げる事が出来るのである。

今、考えてみれば天賦のものではなく、自ら作り上げるモノなのかもしれない。

それはこれ以降俺が実践して分かってくる部分である。

気概あると感じられる俺が出会って来た数々の人物は、実は皆そうなのかもしれない。


気概は脈々と己の中に満ちてくるモノである。

少しずつでも得続ける前進感を糧にして。

抜くと蓄積が目減りする。

ココにも自分自身との戦いが発生する。

けれど全く抜かないと、このモーションの維持が難しい。

破綻する事もある。

蓄積と抜きのバランスが難しい。

蓄積効率が一番良い所でこの行いを保っていく。


実は自慰もそうだ。

オナニーだが「自慰」とはよく字をあてたものだ。

自分を慰めると書くが、得られるのは一時の満足感や開放感で、それはその時をやり過ごすだけのモノでしかない。

本質的な解決ではない。

それでも必要な時はある。

酒もそう。


オフィシャルなスタンスでも気概は考えられ、当社に競合他社はあれどもプライオリティ第一位は企業理念といったところになってくる筈。

会社としての気概。

競合ではなく自分との闘いである。

他に勝つ為にどう?というのでなく、己があるべき姿を全うする為にどうあるべきか。

その為に社内的に或いは対外的にも流す血もあるかもしれない。

今後俺が取っていく施策はこの点に充分留意すべき。

この辺が気概に繋がる。

昨日、友人kと飲んだ。

コイツと飲むと刺激がある。


今まで、偉くならなくても自分の信じた道をいければいいというような考えでいた。

だが、偉くならないとその道は行けない場合もある。


地位や金は汚い様に思われるふしがある。

以前俺は出世に目を奪われて失敗した経験がある。

それだけに出世ではなく本当にやりたい事をやる様に意識してきた。

その結果として評価されての出世ならあり。

逆に評価されなくても自己満足の方が優先してるから関係ない。


けれど権力や金は持っていたほうが良い。

大事なのは、それに固執して本当にやるべき事でなく、それ目的でやる様にならない事。


人間は強くないからこの事は常に考えていないと、いつの間にか本末転倒な行動を取ってしまう。

特に俺はそれが当てはまる。


俺の基本スタンスは変わらないが、注意事項として金と権力を嫌わない様に。


先日深夜番組で南海キャンディーズの山ちゃんが、自分の変遷を語るコーナーがあった。

こんな所で不覚にも俺は勉強させられてしまった。


山ちゃんは前から少し気になるキャラで少し評価していた。


話は山ちゃんの芸人の歴史である。

コンビを組んだ相方に自分の笑いの理解と実際のスキルをとにかく強く求める。

その為に相手の人格まで否定し、相当なダメージを負う様な言い方をする。

でもウケず、さらに辛く当たる事を繰り返す。

当然、その後も上手く行かず解散、別のコンビ結成、ピン芸人を繰り返すが全く結果は出ず。


そんな中しずちゃんの存在を知りコンビに誘う。

またウケなかったある時、しずちゃんのポテンシャルに惚れて組んだのに、それを生かさず自分で笑いを取ろうとしていた事に気付く。

そうじゃなく笑いはしずちゃんで取れば良し、自分はその状況を作れば良いと考えを改める。

そして結果が出てM1でも入賞する。


そんな山ちゃんの現在の座右の銘は「怒るより考えろ」。


その解説が以下。

例えばダメな奴がいて懇々と説教をする。

するといい気分になり、ソイツにダメ出しをする事で逆に自分はそれが出来ている様な錯覚に陥る。

気分がいいからガンガン続けて、相手には容赦ない言葉を浴びせ続ける。

自分は決して出来ていない事でも、ソイツを否定することで出来た様な気がしてきて安心する。

ソイツの為には何一つなっていない。

むしろ自分の為にしている。


ハッとなった。

俺にもこういう所がないか?!

誰にでもある。

部下や子供を叱る時。

怒る事が主眼。

そうじゃなくて効果を主目的に考えるべき。

どういった結果を望むんであれば、どんな方法が効果的なのか。

怒る前に考えろ。


山ちゃんありがとう。

最近、酒量が多いような気がする。

飲む時の量が相当いってしまう。


昨日飲みの時、ある部下から冗談で気になる言葉が出た。

「めんどくさくなるよ!」(笑)

他の部下が俺に酒を作ってくれた時に少し量が多くなったのを見て、合いの手的に掛けた言葉。

場は談笑状態で流れたが俺は気に掛かった。

やっぱりそうなのだ。

俺は結構酒が入るとメンドクサイ奴になるのだ。


これは昔からある傾向で、俺の自覚が足りてない所。

しかし最近、曲がりなりにもその自覚が高まってきた。


というのもあるのだが、酒量を少し減らそうと思う。


そう思う一番の原因は、先述の自覚ではなくて健康と時間。


先ず飲みすぎは体に良くない。

草薙君の件もあったけど。

体への影響の中で特に最近思うのが、脳への影響。

確証とかメカニズムとか得ている訳じゃないのだが、脳細胞の破壊が起きるのは事実。

それと体では内臓系への負担と高カロリー。


時間では、量がいった時、二日酔いになると次の日がダメになる。

ひどいと、ほぼ一日自分が使い物にならない。

すげー努力して、通常の半分以下の機能。

このダメージはデカイ。

このリスクを取るほど、それだけ飲む事の意義がある場合が皆無とは言はないが、あまり無い。


で、どうするか。

平日に家で飲むのは止める。

あまり飲みたくない時でも何となく流れで飲むのは止める。(向かい酒とか)

飲みだして無制限な感じは×、この無制限に自分の中で終点を設ける。


最後のは難しいな。(笑)

けど一番の課題かな。


ま、基本、薬物なわけだし。

薬物っていうのは何でも、少しなら大丈夫だけど大量だと大変な事になる。

って相当昔にたぶん学校の先生に言われた。

程ほどが良い。


お袋が親父のことを出世酒ってよく例えてた。

俺も気をつけないと。

実は先週、常務から「競合に報復せよ、価格攻勢もいとわない」旨の指示がメールで来た。

しかも、社長指示との事。

ウチの部署では所属長が既にその指標で活動済みとの観点から特に通達なし。

だが他部署から来た情報でこの事が分かった。

社長指示なのだから伝えるべき内容だ。


奇しくも、俺が持っていきたい方向に会社が向いた形だ。

俺の活動自体が生きてこうなったのか分からない。

ただ、普段の仕事でも相当意識したし。

会議でもぶち上げた。

それがトップに伝わったのであれば、ウチの会社も捨てたものでない。


今後俺がやっていかなけらばならない事は、バカみたいに盛り上がって一方向に突っ走るのでなく、常に道を見極めて確信を持って進むこと。

もし、確信が持てないのなら裏付けを取る事。

それもしないで流されることのない様に。

今朝、久々に信じられないほどやる気がなかった。

娘に「がんばれ」とか言ってて、親父がコレじゃ困る。

けど月曜は結構ありがち。

いえないけど。


そして大体は午前中にやっとペースを取り戻して何とか仕事モードに入る。

今日は敢えて正面から、無理やり仕事モードに入らず、自分のやる気の無さと向き合ってみた。

こんなモチベーションの低さに度々付き合ってられないし。

今後こんなの何回もやってる時間もないし。

ここらで根本的にやっつけておきたいから。


この月曜によく訪れるやる気の無さ、虚無感、孤独感、虚脱感、喪失感、ってうつ病か?

でもうつ病ってココから社会復帰できない事を言うのだろうな。

自分の邁進すべき所へ前進感が感じられないなら、この現象は起きる。

特に人生の残り時間を考えた時とか、まっ考えやすいシチュエーションになるんだけど。

それと、オンとオフが別れすぎた休日明けにも起きる気がする。

もっと言うとオンから逃げたい感じでオフに行ってた時。

しかし、敢えてオンとオフを分けるべきではないと考えているにも関わらずこの状況にはまってしまう事がある。


世の中や、周りの人間関係との希薄さを感じた時にもこの症状は起き易い。


今日の場合は、特に無理やりオンに持っていかずに、じっと向きあってみた。

その時、力を入れても引っ掛かり所が無くて、手ごたえの無い感じから、なんとか引っ掛かる力の作用点として浮かんで来たのは身近な人との関係性だった。

家族や親友。

職場の仲間も。

この人達を思い、思われる事が、やはり俺の存在意義。

全てではないにしても一番大きい部分を占める。

そこがあるから頑張れる。


痴呆症やうつ病、心の病は自分の大事な人との関係性が大きな原因の一つだろう。


俺自身は勿論頑張るのだが、人との関係性、特に大事な人との関係性は大切にしていかなければ成らない。

それを大事にすると自分に力が入るのである。

テクニックよりパワー。

そう思った。


休日はジョギングをするはずだった。

それが最近していない。

一番最後にしたのは5/10だったか。

その前後も非常にまばらだった。


そして今日仕事をしているうちになぜか、このままではいけない、帰ったら走るぞという感じになっていた。

今日は会社のバスケットがある筈だったが、人数の集まりが悪く行ってもシューティングといいとこ3:3のみ。

だから髪を切りに行って、バスケは行かず、代わりに走りに行くことにした。

走ってるうちにランナーズハイになってある事を考えた。


高校サッカーで前に燃え尽き症候群という言葉があった。

しかし、実際に人間なかなか燃え尽きられるはずは無い。

でも燃え尽きるほどエネルギーを燃焼させたなら、次はもっと燃やせる気がする。


幼少の頃、足が速かったがもっと早くなりたくて全力疾走を繰り返した。

やる度に、次のスピードのステージに行く気がした。

なかなか行けない時もある。

でも、行ける事を望んで繰り返す。

次のスピードのステージに行く手段は今の全力を出し切ることしか無いと思って。

そしてその事に迷いが無い。

他の選択肢は無い。


テクニックに走るよりコレだ。

言うならば真っ向勝負。

正攻法しかできない。

大は小を兼ねるという言葉があるが、パワーはテクニックを兼ねる。

逆は無い。


俺という人間はテクでやっていくのは苦手だ。

なのにテクで勝負しようとしてた。

パワー全開でいい。

倒れるかもしれない。

けどそれもいい。

倒れなけらば、次は更なるパワーを身につけている。


人生、燃え尽きられれば本望だ。

でもなかなか燃え尽きずに、パワーアップしていく。


そんなもんかも。