首都圏営業部会議。

先月に続き今年度第2回目。


幹部の訓示で30分おした為、本題は更に時間が減った。


今回、俺個人が考えた会議のメインテーマは競合対策。

現在、一番の売上の障害となっているものであり、且つ求められているものが売上なのであれば、一番取り組まなくてはならない。

というのが俺の考えているところ。


その前に幹部の訓示の中での件名管理の話題をやりすぎた。

ま、営業活動の為に軽減しなくてはいけない管理の部分。

で、その為にやっつけなくちゃいけない問題だという事なのだろうケド。


一番俺のやりたかったテーマが中途半端な感じだったので、会議の最後の方で俺から報告という形で喋らせて貰った。

ま、すべてのテーマが半端な感じではあったけど。


内容としては何も目新しい訳では無かった。

ただある程度皆さんにもインパクトはあったと思う。

俺の目的としては、今一度現状認識を皆さんに促したかった。

その上で、会社として俺達がもっとやっていかなくてはいけない部分を露呈させたかった。


今回ある程度できたとは思うが、完全ではない。

物事完全というのは難しいが、考えを持って仕掛けたという事が重要。

そしてその効果がどうかがまた重要に成ってくる。

仕掛けにしても、効果にしても、この後の動きが大切になってくる。

この後の俺の仕事が、今回の俺の仕掛けのステップアップになってくる。


そしてまた大事なのが俺自身がブレてはいけない。

周りを無視し遮断するのでなく、プライオリティを確固とした上で周辺事象を見ていく。

それには俺が強さを維持していく事が必須条件。

当社には「アイデア提案」という制度がある。

社員がまたは顧客とかの外部から吸い上げ、コレはという案を社内にて提案し、実務に繋げるという制度。

だが、殆どが商品企画に関するものに限定されている。

本当はシステムとか多分野に広がっても良さそうだけど。


ただこの提案を処理するのが→技術部に成っているのがこの理由。


ところでこの制度、イマイチ機能していない様に思う。


商品化するに当たり相応の需要が見込まれない。

または技術的に無理がある。

その辺の理由の為に、提案の受け皿、処理班である技術部を通る時になんかテキトーに処理されてる。

その結果として提案を出す側の社員もいい加減に成って来る。

しまいには出さなくなってくる。

実は提案を1件出すと500円が支給される。

所属長に提案に値しないと判断されれば別だけど。

この500円も、提案不足を解消する為に発足したのかも知れない。


で、この制度 実は当社の生命線を握ってる様な気がする。


企画から実際の仕事化というのは、今は商品だけに限定できない。

するべきでない。

だが、この制度の副作用なのか、当社の中には社員が考えるアイデアは商品企画のみ、という空気が何となくある。

そして今やこの制度が機能してない、のであれば弊害という事になってしまう。

ほぼ成っているのかも。


この辺、客観的に見てテコ入れが是非必要。

システムが機能するようにメンテする事が重要。

この視点、経営トップは持っていてくれているのか。


最近社内で、商品開発、商品企画、が弱くなっているとの声は上下から出る。

だが、このシステムの改善という声はまだ出てきていない。

当面は受け皿である技術部のテコ入れが必要だろうし。

その辺を考慮すると軽々しく声を上げても推進は一筋縄ではいかない、という側面もあるのだろうが。

だが、そのやっていかないといけないという空気はもう流すべきなのではないか。

それが、実際に取り組んでいく時の成果に直結すると思う。


っていう着眼点で行こうと思う。

攻めていなければ器がダメになる


けれど、やり過ぎて器が壊れてしまうこともある。


これ真理かも。


それは調整と言うのか。


よく見ていなければいけないという事。


自分自身を。


で、頑張り続ける。


ソクさん、サンクス。

今週から娘と交換日記を始めた。

昔からやろうと思ってた案ではあるが、ようやく思った事を文章にするのも何とか成りそうなので。

それと、物事を考える機会を作るために。


この試み、結婚してすぐはカミさんとやろうと思った事もあった。

結婚し子供も出来、そうすると結婚前より互いの意志の確認の時間も気持ちも少なくなった様に思えたから。

カミさんとの事はさておき、娘の方は緊急を要する。

というか、この時期を逃してはならない気がして始めた。


始めてみて、娘の気持ちが少しは伝わってきている気がする。

また、伝えるべき自分の気持ち、考えを持つ機会になっているのではと思う。

娘の書いた文面からそう感じ取れる。

娘は、恐らくは言葉でガンガン言うより、こっちの方が入っていくタイプと思う。

このやり取りは、こっちの言及に対し考える時間が生まれるし、それを伝えるのにまた考える時間もある。

時間があるという事は機会があるという事である。

娘にとっては、単なる会話ではこの機会を得るのに難しさを感じた。

これを発端に自身で考えるクセをつけて欲しい。


少しブログでのやり取りと似てる。

中学の頃、英語で受動態を習い、対で能動態も出てきた。

自分の行動なのだが、外的なものが要因なのか、自発的なものか。


よく仕事が出来る奴=自分から考えて動ける奴、という話が出る。

裏を返せば指示がないと動かない受動態に人間ではダメ。

指示を受けて動くのではなく、自分で考えて動く。

能動態。

なら、仕事が出来るように成りたいなら能動態に成ればいい。


能動態、自発的に考えて動くってどういう事か。

分かるのはエネルギーが要るって事。


よく人を形容してパワフルとか、エネルギッシュとか、言う。

仕事が出来るとされる人を形容する時これがダブる。

こういう人は一見ムダと見える様なパワーの放出もいとわない。

ご本人はパワーが滾々と出る感覚なのだろうか。

凡人はついペース配分を考えてしまう。

けれども凡人に限って夜更かしで寝不足だったり、不摂生で体力が無かったり、デブだったりする。

それって精神衛生上も悪い。

勿論肉体的にもダメダメ。

よってパワーは少ししか無い。


だから、どうするべきか。

パワーが出やすい状況を作れば良いのである。


肉体を整備し体力をつけ、充分な睡眠休息も取る。

勉強もする。

そしてガンガンエネルギーを消費する。

自分でもエネルギッシュな人間だと思い込む。

消費しても消費しても、まだ消費する。


すると能動態の人間の出来上がり。


理屈は簡単ですがね。


先日部下との同行で、会社は栄華と衰退の大きな流れの中で生きており、それには逆らえないという旨の話になった。

この部下中々ドライで且つ洞察力もある。

だが、コレでいいのか。


つまりは、当社は一企業の寿命が30年とも言われる中、約60年を経過しH19年度が最高売上だった。

が、今はピークを過ぎ緩やかに衰退の道程に入っていると言うのだ。

小幅な回復とかの波が有り、そのふり幅の範囲での実績向上とかはあるかもしれないが、あくまでその範疇からは出ない。

大きな流れの上昇からピークを過ぎ下降への動きについては逆らうことは出来ない。


だから、今俺達がやっている仕事の成果は、大きな流れではなく最大でも小幅な波線の範囲内でしかない。


ケド、それじゃあまりにもつまらないだろ?

意外と事実なのかもしれないが、出来ればその事実、覆したい。


当社はこの大不況と言われる中、比較的まだ恵まれた状況と言える。

各社員の給与も目減りしていない。

ま、これからはして行くのかもしれないが。

社員各個人に逼迫した状況が突きつけられていない事が、旧態依然とした意識を引っ張っている原因。

今後、コレが突きつけられ、今までに無い意識改革に成っていくか。

成ったとして、成果として出せるか。


そこのところが、大きな下降線から脱け出せるチャンス。


日本経済、世界経済に抗う線を描けるか。

抗うだけでなく、救う為の一石を投じる事が出来るか。

でなければ、一般的な寿命を辿るのみとなる。

だが、企業は人間と違うのは一代ではない事。

その中での新陳代謝を活性化する事で可能ではある。

同じ会社でありながら、別の会社に変態していく事が大きな流れさえも変えていく事に成る。

人間、この世界にやはり生きているから、表現する事、創出する事が大事。

というか、そうしないと意味が無い。


ダークサイド。

そういう言葉がある。

俺にかけてる物。

ある意味では正直さかもしれない。

例えば不倫とか、出世欲とか。

それは、ふり幅と言える。

そう言えば俺は感情のふり幅も少ない、様に思う。

というか、感情そしてそのふり幅をアウトプットしない様にしている。

なぜか?、エネルギーの損失の様な気がするからである。

だが、はたしてそうなのか。

最近はそうではない考え方が俺の中に生まれつつある。

さっきソクさんのブログにもあったが、こと人間の場合はエネルギーを消費する人の方が更なるエネルギーを発揮する。

そんな考えは俺の中にもあったが、やはりそうなのだ。

で、あれば感情の起伏はもっと出した方が良いのか。

というのは単純すぎて、それをパワーに変えていく事をもっと出していく。


あと、パワーを発揮する己作りをもっとしていかなくては。

この考えも昔からよくしたのだけれど。

車の最高峰はF1だとする。

あの車は馬力は凄いけど、燃料消費はハンパ無い。

ある時間内で消費するエネルギーの量が恐らく一番の車。

消費した燃料は何処へ行くのか。

時速300キロという速度になって現れている。

考えようによってはメチャクチャ燃費の悪い車が、実はメチャクチャ性能の良い車だという事実。

エネルギー消費量がデカイというのは能力なのだ。

ただ大事なのは消費したエネルギーが目的に合致した方向に出ている事。


昨日、懇親会の飲みの席で、所長に軽く何の気なしに「仕事が遅い」と言われた。

冗談なのだが、俺の中ではやはり事実と受け止める面も多分にあった。

自覚もあったし。

やはりそうか。

この上は良い機会とし、スピード至上に立ち返る。


話し変わるが月マガ「鉄建チンミ」で、最悪のコンディション、最悪の状況、最強の敵に対し立ち向かうチンミのモチベーションの根源として「もう二度と自分自身に失望したくない」と有った。

非常に感銘を受けた。

俺の場合、自信を失ったり、くじけたりしてる猶予はない。

「自分自身に失望したくない」。

この部分に拘りを持って進んでいく。

何か今日はターニングポイントを感じた。

自分なりに。


やはり自分の人生は自分の思考上に成り立っているという事実。

だから自分の思考次第でどういう方向にも持って行けるんだという事。


けど、時間は刻一刻と削られている。


俺は南の国、ハワイとかで拠点を構え移り住むのが兼ねてからの夢。

それは、漠然としたものでは有ったが、今夢を言えとなったら迷わず出てくるのがこの事。


実は今神田正典の「非常識の・・・」を読んでいる。

もっと自分脳を突き詰めて良い。

それより自分のめざした地点へどの様な状況で詰めつつあるのか。


味は良いよ。

又来るよ。


今日とんでもないポカをやった。


今朝は所長と待ち合わせて直行の筈だった。

のを忘れて普通に出社しようとしていた。

ところに所長からTEL。

待ち合わせ場所へ向かっているという。

やっと状況を把握した私。

平謝りしこれから向かう旨を伝え、何とか訪問先へは間に合った。


この手のポカ、偶に私はやってしまう。

なぜ、こんな考え違いが生まれたか振り返ってみた。

連休前の夜、帰る前に部下がやってる仕事を見て、自分も念の為に休み明けするべき仕事の段取り確認をした。

その時に、休み明け初日のミーティングでするべき事が頭を過ぎる。

この時点で直行の思考が飛んだ。


けど、一番それを生んだ原因は、本来それ以前にやるべき仕事の準備、段取り確認、またそれも仕事の内だとしてやるべき事をやってない自分が居た。

そして部下がやっている事を見て、若干焦った状態で確認作業に入ったのが原因。

この時のヤバイ感。

これが間違いで、思考を飛ばす事となった。


そういう事を気付ける自分が意外と好きだ。

本来は大凡ミスを犯した自分を嫌いになるのだろうけど。

昔はそう思った。

今はそこから完全に体重を前に掛けられる自分が好きである。


恐らくは、この自分への見つめ返しは正しい。

前にもブログに書いたけど、自分のブログ内で「パラレル」で検索しても出てこない。

?。

だからダブル内容かもしれないけど。

思考を時間に乗っけて流す、しかも幾つかを同時進行で。

たとえ今の段階で応えは出なくても、多少でも進行させておく。

但し、納期間際では意味がないので、納期に捕われない状況の時から思考を発進させる。

おちまさと氏の「何気の臨戦態勢」に似ている。

無理やり回答まで出そうとすると、間違いに至る可能性もあるので、納期に捕われない状況がモノをいう。


ココからは今回の内容。


以上の思考を実は家庭や家族と接する場合に欠いていた。

そういう暮らしの部分にも、もっと濃く持ち込むべきだ。

持ち込むことによって、効率が高まり俺の答えが集約してくる。


仕事の一定の場面とか、読書からの知識注入とか。

無意識のうちにそっちの方に気を取られていた。

もっとオールマイティに向上心やら好奇心やらを発揮しなければ。