自己評価、コレが大事。

社会の中で生きる以上、常に周囲からの評価は付きまとう。

コレは仕方が無い事だが、コレに気を取られ自己評価が無くなったり弱くなると周囲からの評価も下がる。

無意識としてある自己評価も下がる。


自分を実力以下に卑下してはいけない。

慢心も勿論いけない。


怠けることで結果を出せず、そして評価もしてもらえない状態からは、自己評価も悪くなる。

そしてセルフイメージも悪くなり実力は伸びないどころか悪い方へいく。


とにかくスタートを切ることである。

全力ダッシュの。

いつでもいい、自分の意志で今からでも。

スタートは周囲の状況から決まるものだけではない。

むしろ自分の意志が大切。


そして結果を出し、評価を貰う。

勿論自己評価もうなぎのぼり。

そうなると強い。

挑戦していける。

その際勘違いして失脚する場合もある、謙虚さや敬意は必須である。

慢心もいけない。

ただ実力のの勘違いは挑戦に繋がり、努力で結局自分のものと出来る、場合もある。

ただ正確な自己評価を意識した中での比較的軽度の誤差のみ実力に変えられる。


相対評価の意識を煽る様な言葉を浴びせてくる周囲もある。

コレは悪意の場合とむしろ善意の場合も有るが、どちらにしてもこれを受けて必要以上に自身を貶める事は絶対にダメ。

大事なのは、そして基本軸となるのは自己評価。

この土日実家に返ってきた。

長女と長男をつれて。

今回は嫁姑問題が勃発。

そこそこ俺も苦労した。

でも、それも幸せな問題のひとつかも。

少し前なら、こんな考え方も出来なかった。

今、コレができるのは、少しでも肥やしになtったから。

東雲時代の前例が。


今回もそれなりにややこしい問題ではあるけれど。

今は、それを己の肥やしに楽しめる気持ちが未だある。

俺もそこそこ成長したものだ。

先ずは、リングスパンで見るしかない。


俺の親友Kが。

「自分の最終形を目指している」

と言う、これはライフテーマである。

俺も賛同するし、現に形は違えども俺のライフテーマも同様である。


このライフテーマ。

今回思ったのだが。

パズル。

の様な気がする。

パズルは店で購入する時、既に完成形を知っている。

コレを最終到達として購入。

購入後はやるのみ。

人生も共通なのでは。

人生も半場過ぎれば、自分の人生の全容は大体分かってくる。

その全容が最終形だとするならば、随時の作業はパズルの一つ一つのピースを探して置いていく作業なのでではないのかと。

全体のバランスというか全容は大事である。

そこを踏まえて、大き過ぎず小さすぎずジャストサイズで形もドンピシャなものをセレクトし、時には押し込んでいくのが、これからの俺たちの人生なのではないだろうか。


そう考えられるのでした。

ふと気付いたんだが、この前M村また俺の夢に出てきた。

明確なストーリーまで思い出せないんだけど。

なんかの行列でM村が並んでいて、そこを俺が通り過ぎる。

そしたら結構な剣幕でなんかやっていて、俺にも文句を言う。

そんなシーン。

本筋は別のところにあるけど、その中の1シーン。

でもまたあいつが出てきたって事で俺の記憶に残ってた。

改めて思うけど、相当あいつは俺のトラウマになっているんだなあ。


そしてもうひとつ、あの時代から引きずってるトラウマがI。

Iは俺の親友でもあるのだが、俺のライバルでもある。

ライバルの部分は俺が勝手に思っているだけで、向こうは特に感じてないかもしれないが。

彼は俺の初恋の人が好きになった人でもある。

コンプレックスもある。

けどかなりの尊敬もしている。

認められない部分もある。

でも俺より強くしたたかである。

そんなヤツにいつか勝ちたい。

ヤツを抜きたいと思う。

そういう意味では目標である。

俺の強くなるという意味は、ある意味ヤツより強くなるという意味でもある。


昨日、合同営業部会議だった。

1期先輩であるUは既に2箇所目の所長として出席している。

その発言力もかなり確立してきた。

少し気に障る部分もあるのだが、それも彼の力量の成せる技だろう。

俺に出来るのは、ある意味それを認めて、且つ俺自身の前進を実行すること。

確かに認めがないと前進はできないし。


今回の会議で俺はあまり発言しなかったのだが、それはそれで良いと思う。

しかし、しなければ発言力がないと思われるリスクも確かにある。

確固たるものがないのに発言するリスクもある。

確固たるものがないのなら発言する必要もなし、という考えもある。

今はそれでも良いと思う。

見られている自分より、自分自身を見つめるべきだと思うから。


そんな中で今回の会議では大きく二つ俺なりに捕まえた。

スクールニューディールと炎症防止材。

二つとも取り組むべき課題だがコストも掛かる。

これより重要な課題は幾らでもある。

だが無視は出来ない。

では、どの程度のものなのか。

その議論がなされるべきだろう、というかココに言及するべきだろう。

しづらいのだとは思うが、この腹落ちがないと上積みが出来ない様に思う。

この辺が今回の会議の俺なりの答え。

そういうものを出していけてるから前述通り、客観や評価を求めるよりイイと思う。

コレ無しで客観や評価に行ってたらヤバイ。

マグレで上手く行ったとしても、後で大きくなってしっぺ返しは来る。

でも、それより上をこれから行こうと思ったら、その場でこの理論(どの程度のものなのか)を展開するぐらいの力量を出していかなくてはならないだろう。


それと改めて感じたのは普段の仕事の不足。

まだ所長に遠く及ばない。

コンセプトから実施に至るまで。

この両輪は相互が充実して更に相互セットで上昇するとは思うが。

その上昇を続けるにはもっと俺は強くなければ。

ここで単純に体力が必要。

鍛えた体と精神が必要。

その為には体を鍛える。

鍛えた体を手に入れる過程と、それを持って行う仕事でまた精神が鍛えられる。

すると俺がもっと強くなる。

先ずは体、体は大事。


部活とかで勝てない相手がいた時。

出来ないワザがあった時。

それなりに努力はしたが、その為に徹底的に体を鍛えた事があったか。

ただ鍛えるだけでなく、考えて必要な部分を。

たぶんない。

たぶんではなく、なかった。

足りなかったのはココなのではないだろうか?

やればその答えも出る。


さっき夢を見た。


親父側の親戚の誰か女の子が結婚するという。

それ程近い親戚ではないが親父がスピーチをすることになった。

結婚式の打合せと結婚の報告会とを兼ねて簡単な飲み会がセッティングされ俺もそれに参加した。

その飲み会での席のこと。

始まってしばらく経ち、会は中盤に差し掛かる。


その女の子は俺は面識が無い。

遠い親戚なのだろう。

その子は父娘で並んで座している。

はす向かいに座る俺の話題になり、仕事は?といったところで俺が名詞を差し出す。

手持ちが1枚しかなく、それを言ったところ。

俺の左手に座した親父が立ち上がり、その父娘の後ろを通り、俺の右側に位置する上着やら荷物が置いてある所から財布か何かから俺の名刺一枚を見つけ出しその娘に手渡す。

既にかなり酔っており、一連の動作が泥酔そのもので見ていて危なっかしい。

「そう言えば」とか「確か1枚だけあった」とか酔っ払いの口調で言いながら。

娘に手渡す時、足元がおぼつかず転んでしまい、そこそこの勢いで娘にぶつかる。

娘は突き飛ばされて仰向けに倒れる形になる。

今までも何か思うところあった娘は、それでぶち切れる。

何もスピーチなんか頼みたくて頼んでるんじゃない。

もう頼まない。

その場から立ち去る。

その父親もほぼ同じテンションで立ち去る。

場は主役がいなくなり、その理由はウチの親父という状況になる。

何か結婚自体が破談で、その原因がウチの親父の様な感じもある。


そこで俺の目が覚める。


俺の深層心理。

どこか、行くとこまで行ってしまえ的なところがある様な気がする。

深酒はよくない。


親父が最悪な人間の様な事を書いたが、俺の親父感の根本は全く違う。

大尊敬している。

それだけに酒の部分を憎む。


あれだけの素晴らしい人間が酒の為に台無しにしている部分がある。

晩年になるに連れてその度合いが増えている。

しかし晩年になるに連れ、酒自体の彼の暮らしに占める割合が増えているとも感じられる。

趣味であり実力もあった将棋も最近はやっていない(TVで見たりは有るが実戦は)様である。

その分何処にいっているのか、酒なのではと危惧してしまう。


5年ほど前、お袋が大腸癌が見つかり手術した。

その時、お袋は入院してその間親父は家で一人で暮らした。

最悪の結果も覚悟したと、当時親父は言った。

しかし手術は成功し事なきを得た。


親父とお袋の絆はそれ以前もそれ以降も変わらない。

お互いを労わっている。

そういう気持ちは増えた様に見える。


だから多少の事には目をつむる。

お袋が親父の酒の部分についてはそう考えているんだと思う。


だが、それが外の世界に出る。

当然回りはお袋と同じ視点でそれを見ることは出来ない。


その事を今回、俺は両親に伝えようと思う。


今の高齢では酷かも知れない。

先のある人生ではない。

その状態で自分の悪い所を自覚する。

直したところで先は無い。

できればやりたい放題で終わってしまいたい。

その気持ちはあるだろうし、俺も同じ歳なら考える。


だがその為に今までの人生や人格が台無しになる。

俺は俺の親の素晴らしさを知っている。

それがダメになるのが辛い。

伝わるのなら伝えたい。

伝わらないかもしれない。

でもそれはする前に俺が判断するものじゃない。

伝わる限りは伝えようと思う。

俺が同じ立場でも伝えて欲しいと思う、少なくても今の俺はそう考える。

困ったことが起きる。

カミさんは俺の親を嫌う。

こちらの気持ちを汲まない主張というのがその理由。

それがこの前端的に表れた。


親父は俺が子供の頃から酔って説教をするというのがあった。

今改めて気付いたのだが、その一番の被害者は俺か。

次がお袋。

反面、他の部分で得た利益も一番多いのは俺。


とにかく酔うと強気の部分が出る。

それが気持ちいい。

逆に回りは不快。

自分だけ良ければ他はイイ。

という思想に似てる。

相手の立場に立てない。

破綻する資本主義と同じだ。


何か抽象的で脱線してきた。


言いたいのは酒におぼれるなという事。

酒はクスリ。

だから、量が多すぎると不必要な効能が発生する。

本来、酒の望ましい使用法は、人生を豊にするためのモノ。

クスリが人の体を治したり調整したりする様に。


いつも親父はウチに電話してくる時は決まって21:00~22:00。

これは一番酒が回ってる時間帯だ。

要は自分が一番気持ちよくなった状態で電話を掛ける。

他人の立場や気持ちを考えられない状態だから、この時相手をする人間は最悪だ。

ある意味これを毎日やっているのはお袋である。

が、しかし同じ事をウチのカミさんに強いるのは無理である。

子供である俺でも、あの相手は嫌である。

特に相手を中傷する様な発言を言う。

その際相手になった人間はただ笑って我慢するしかない。

親しければ反論するが酔っ払いにはまともに通じない、そのジレンマにまた我慢するしかない。

そして本人は発言の意識、責任が極めて薄い。

究極は記憶が無い。

それを後で知った相手は更にその事に強いストレスを感じる。


俺も酒を考えた方が良い。

最近、会社に先物取引のセールスが来る。

ブツは金だ。

この営業マンは以前俺の転勤前の職場に顔を出していたヤツだ。

それが俺の転勤後の職場を聞きつけ追っかけてきた。


別に買うそぶりを見せたわけじゃない。

ただ話を聞いてやっただけ。

けど、その話を聞いたという事自体が興味があると見なしての事だろう。

それと今買い時である事。

それならススメ易い。


1枚10万円ちょっと。

売買単位一口5枚から。

だから525千円が最小売買額。

けど、これが証拠金というヤツで、実際に相当額の金を買うわけじゃない。

実は何倍とか何十倍とかの額の金の売買の権利の為に出す金である。

だから50万の出資で倍額とかの利益が簡単に出る。

だが逆もある。

簡単に元金以上のマイナスと成る事もある。

その状況に成らない様に、例えば元金割れして45万の時にやめる事も出来る。


問題はこれに営業マンが仲介してくる事だ。

自分の範疇以外の情報や、場合によっては意志が介入してくる。

それが、思っても無い利益或いは不利益を出資者にもたらす。

営業マンは発生した利益や不利益を利用し出資者から増資を引き出す。

それがソイツの利益になる。


今回、この件を考えるにあたって、信用のおける友人何人かに相談したところ総じてやめた方がいいとの事。

その中の一人がナニワ金融道の8~10巻を読んでみろと言う。

彼は以前から自分の生活の役にたつマンガとして同書を推していた。

その意味が今回分かった。

ストーリーはちょっと儲けたいスケベ根性を出したばかりに、金は勿論、職も家族も社会的地位も全て失う。

一回取引をやると、それを機会に営業マンが発生した利益・不利益を巧みに使い次回を促す。

これを断るのは当然初回を断るより難しい。

全てを失うのはマンガのストーリーだとしても、プラスで終われる保障は無くマイナスになるリスクの方が大きい様に思う。


それにビジネスは商売である。

何を言いたいかというと、商いは自分が作ったモノを提供する事が基本である。

先物取引はその思想が極めて薄い。

根っからの投機目的である。

株の根本は、その会社に出資し自分も利益をえるが、その会社を応援したというのがある。

先物は、金やら穀物やらに出資するというのは応援でもなんでもない。

ただ値上がりに期待しているだけ。

本当にそのブツを必要とする世界に多方面から乗っかって利益のみを掬い取る。

さもしい。

反面、損をする事もある。

むなしい。

誰かが損をした分、自分が得をする。

自分だけ良ければ他はどうなってもよい、という思想である。

この考えは皆の幸せを願わない。

どこかで破綻する。

目標に向かう事を糧に生きる。

日々の楽し差を糧に生きる。

大別して二つの生きがいがあると思う。


今日、俺の愛車、通勤マシンOCR3をメンテした。

軽く掃除した。

ついでに気になっていた部分のセッティングも変えた。

とりあえず簡単に汚れを落とした。

この前立ち読みで見たジテツウメンテの要領で。

その後セッティング変更。


①初めてハンドル位置を下げる。

やった事が無かったがが、見た目下げられそうなのでやってみるとビンゴ。

最大に下げてみた。

ダメなら若干調整する。


②シート位置と角度変更。

以前は前傾姿勢のポジションを保つ為に、シート位置を前にして若干前傾した。

今はこの前傾の必要が無いと考える。

この修正と、ハンドル位置を下げた事での調整を図るため、試しに今回下げた。

その代り位置も下げた。


先ず来週1週間乗って試してみる。

今、ウチの庭にサッカーボールが1個、常時転がっている。

マンションの1階だから、たまたま庭付きである。

そこに転がっている。


これは俺が小学校の時、親父に買ってもらった。

今ではボロボロである。

モルテンタンゴなのだが、一見白一色である。

擦り切れて白黒が取れている状態。


今の家を買ってから、何故かリフティングくらい出来なければと、奮起して公園で子供と遊ぶ傍ら練習。

その結果今の状態となった。

上の娘が自転車の補助輪を外す時が一番公園でやった。

思えばその頃、下の息子が生まれ、リフティングが出来たらカッコ良いなと。

で、都内の公園は総じて純粋な土ではなく、細かい若干の砂利。

だからボール表面の痛みも早かった。

で、今の状態にある。


このボールは俺が小学生の頃、親父に買ってもらった。

確か5年か6年か。

俺は幼稚園の頃から柔道をやっており、小学2年の時にサッカーもやった。

で、どちらも土日に練習とかあるのだが、中途半端なのでどちらかに絞ろうという話に家族間でなった。

この件は、ずーっと今更ながら思う。

小学二年でこの選択となった時、結果は柔道を選んだ。

理由は、それまでにクラブや市の大会で入賞し、能力があると思われたし、回りに言われ自分でもそう思ったから。

けれど大事な事を落として決めてしまった。

好きなのは何なのか。

俺が。

その選択の時、小学2年の俺は意見を親に伺った。

母親は実績がある柔道がいいのではと言った。

父親は自分で決めなさいと言った。

ように思う。


自分で決めろと言った親父。

実績のある柔道を推す母親。

決められない自分。

結局、若干でも方向性の出ていた母親の意見を選択した。

でも、少し大人になって考えれば決めたのは自分なのはすぐ分かった。

責任は自分にある。


その後も柔道で市の大会で3位とかなったが、サッカーをやれば良かったと何度も思った。

小学校5年の時、学校でサッカークラブが始まる。

千葉市は学校対抗で5年6年でやっていた。

この時またやるのだが、学校外のクラブでやっていた者とは既に差がついていた。

それでもやりたけらばやれば、その学校外のクラブをまたやれば良かったのである。

常に自分は何をやりたいのか、その為にどうするか、考えていなかった。


そのたぶん5年の時に買って貰ったボールを今息子と蹴っている。

柔道は幼稚園から小学校6年までやった。

その5年の時、練習のある土曜日。

練習の後に買って貰う予定だった。

その頃、俺に柔道への情熱はもうなく、練習もワザと30分とか1時間とか遅れていった。

親父は珍しく俺の練習を見に来た。

たぶん一緒に俺と帰る途中でサッカーボールを買ってやろうと思ったのだろう。

道場で俺を探すが来ていない。

サボったか。

親父は帰った。

その後に俺は遅れて道場に来て途中から練習に参加して帰った。

親父が来たのは知らなかった。

帰宅して、今日はボールを買ってくれる筈じゃなかったのかという事を親父に言うと、親父はキレていて取り付くシマもない。

母親の解説もあり、暫くしてやっと状況が飲み込めた俺。

遅れたけど柔道に行った、という事で母親が仲介してくれて次週かなんかに結局親父が買ってくれた。


思い出のボールである。

この前のアメトーク。

ザキヤマ大好き芸人。

しかもザキヤマ(アンタッチャブル山崎)が後輩であるにも関わらず惚れてる芸人、という括りだった。

ハートが強い。

めげない。

チャレンジする。

恐れない。

ワザとK空気をY読まない方へいく。


一番勉強になったのは、ひとつひとつは大したモノじゃないけどとりあえず食いつく。

そしてジャブを放つ。

大したネタじゃないのでややウケぐらいなのだが、何回もかぶせていく。

ジャブの連打。

すると大波が来て全部持っていく。

ジャブによるダメージの蓄積か。

これは所要時間が結構掛かる。

単発のジャブから連打のジャブをかぶせていって、体制の崩れて来たところに実は同じジャブなんだけど結果としてスペシャルブロー炸裂。

大波ドーン。

しかも終わってみると、この一連の流れに掛かった時間が全て大爆笑だった様な印象になる。

ザキヤマ、すげー。


金曜日の会社の飲み会。

同じノリでいってみたら中々イイ。

楽しい。

しかもとりあえずカブセていく事で、やはり相手の体勢が崩れる。

それは、ここまでやられたら仕方ないな、って感じで相手が自らウケる準備を整えていく。

最後決壊してドーン。

これを何回も味わえた。


しつこくジャブ。

コミニケーションやギャグでも効く。

かなり。

単なる着眼点の違いだけど、俺としては凄い発見。