夜更かししてて早朝になったら「あしたのジョー2」をやってた。

なつかしい。

趣きあるなー。

行間というか見せる感じさせる部分が素晴らしい。

昔の映画と同質の感じ。

絵の古い感じがまたイイ。


ところで俺は熱いヤツだとの論がある。

一方で冷静との評もある。

誰もそうだが両方ある。


子供の頃から皆自分が心奪われるものに惹かれる。

恋愛やスポーツ、心昂ぶるモノに没頭する。

が、しかし実際、冷静でなければそれで結果は残せない。


映画やマンガや小説はそれを疑似体験し自分の中に心の昂ぶりを起こさせる。

よりそれが高い方が面白く充実したものとなる。


今までそういった昂ぶりを実生活でも無意識に求めてたような気がする。

だから昂ぶりが得られたときそれは一定せず崩壊の時を迎える。

コントロールされたものでない魅力はあるが、微妙な構成は一瞬で崩れる。

だからそれは仕事の面でも一緒である。

生活の面も。


今、オンとオフの境界をなくすという考えが主流のような気がするし、俺もそう思う。

その中で興奮を無意識に求めてしまう。

それが人間の弱さとも言える。

そこに気付いてコントロールすることが出来たなら。

いや、コントロールしようと試みるだけでもかなり違うだろう。

気付いているだけでも違う。

それだけ大きいことだと思う。


そのコントロールが発生し機能したとき少々の事で動じない。

一喜一憂しない。

逆に言えば簡単に感動しない自分に成っているのかもしれない。

ただデカイ感動は、その自分によって作った結果で感じればイイ。

そういった感動こそ、本当に価値ある感動と言えるのではないだろうか。


粛々とこなす中には確かに心の昂ぶりは少ないのかもしれない。

ただ確実に効率は上がり結果に繋がる。

昂ぶりを感じる事象のレベルが上がった事になるのかも。

未知の世界といえるだろう。

部長の訓示の中で名指しで評価を頂いた。

意外なところで評価は得られるものだ。

勿論私の場合評価の為に行動を起こしている訳ではないので、評価されたからといって私の変化はない。


と、いきたいところだが全く変化が無いほど私も強くは無く、若干嬉しくも有り、更に気を引き締めなければとか思う。

以前の様に一喜一憂して行動に緩みや、逆に怯えが出ることだけは無い様にしたい。


会議の中で、またTがぶち上げた。

皆を代弁した様な発言も沢山出た様に思う。

周りの反応も同様なモノは多いだろう。


以前の俺なら、それがそのまま俺の焦りとなった。

俺も同様の発言をするべきだった、と。

だが今回は必ずしもそうは思わない。

そういう思いも若干はあるのだが、それを言う前にもっと深く考えるべき事があるように思う。


先日ブログに書いた当社の値引き対応のシステムの考え方に関係する。

この考えが俺の中に既にあったから今回とくにそう思うだろうが、単純に営業現場レベルの権限のみの話ではないと考える。


何にせよ今後とも自分の考えるところに正直に行動するべきだという確認が今回出来た。

巨匠、井上雄彦のマンガの中でも最近俺をひきつけてやまないのがリアル。

彼の作品の中に出てくる人物は誰も、感情移入し易い、俺が。

その中でも今はまってるのが、「リアル」の野宮。

彼はプロのバスケットボールプレイヤーになろうとしている。

三流高校のバスケ部崩れ、しかも中退。

そんな彼だがバスケは捨てられない。

自分を見つめ、虚飾を剥ぎ取った中に残ったのはやはりバスケだった。

むしろ、いや間違いなく3流のキャリアしかない自分だが、どうせいつかは死ぬ人生、やりたい事に賭けないのはアホだ。

そういう彼も障害者バスケに触発され、本当の自分を見つけた。

そして今そんな彼に触発されようとしているのが高橋。

連鎖だ。

本気の人間に自分の本気を突き動かされる。


先日NHKで井上雄彦がプロフェッショナルに出ていた。

その中で、結局作品中の人物は自分を描いているのだと言っていた。

自分の中のある部分がその登場人物として表れてくる。

様々な登場人物が居て、様々な心情が出てくるが、全ては自分の或る部分なのだと。

だから自分を如何に、本当の自分を嘘無く投影できるか。

少しでも虚飾があれば、たちまち軽く嘘っぽくなる。


その辺のシビアさが彼の作品の優秀さである。


今日の「リアル」で野宮が入院中の高橋にプロに成る事をつげに行く。

高橋の反応は二の次に。

とにかく自分の意志を伝える事のみを目的に。

その強さ、並じゃない。


人間は誰も弱い。

だが強くなるときが有る。

それは強い芯を持ちブレない時。


その芯を常に持てる様にしたい。

昨晩キャンプから帰ってきて飲んだので今朝は疲労と酒が残っている感じ。


解決策はシャキッとする事。


水を飲む。


メシを食う。


クソをする。


歯を磨く。


ヒゲを剃る。


布団を上げる。


片づけをする。


掃除をする。


要は中途半端なもの、やりかけのもの、モヤモヤしたものをそれ様の形に変えていく事。


走って汗を出し、酒を出し、有酸素運動をし、カロリーも消費したい。


庭の収納も作りたい。


とにかく迷ったらシャキッとさせよう。


人間の直感は7割は正しい、らしい、羽生嘉治が言っていた。


その直感の指針となるのはシャキッとが一つだろう。


シャキッとすると何がいいかというと、とにかくハッキリして自分が、そして行動が軽くなる。


それは速くなるという事。


それは沢山の人生を生きれるという事。

自分の子供を見て思う。

弱いと。

子供のなのだから当然である。

かつて自分がそうだったし、今も弱い。


人から言われて動いてるようではダメである。

何がダメかというと、その様な行動は弱いのである。

よって結果を出せない。


どうせ動くのなら自分の意思で自分から動かないとダメなのである。


動く時は周りからの圧力を遮断する。

或いは感じないで動く。

自発的な行動でないと意味を持たない。


その行動のプロセスによって結果は違ってくるし、結果に至る過程で得られる財産(教訓や学習)も違ってくる。


周囲からの圧力で動くのでなく、自分の考えで動く。

コレが出来るようになる事が、子供への教育であり自分自身でもまだ足りない。


そうなると周りからの評価はあまり関係なくなる。

但し、自分の掟は高く持っていなければならない。

その掟をメンテナンスする為に周りからの評価を使う。


しれが自分との戦いにもなるし、強い自分を生きる事にもなる。


今気になることが一つ。

会社は目の上のたんこぶの競合他社に対し徹底抗戦を謳っている。

よって価格競争になる。

この価格対応がバックボーンになって、現在の営業活動が成り立つ現状が有る。

しかしながら、社内の値引手続きがかなり面倒。

対する競合は何の既成も無く相当額の対応を出してくる。

この差は大きい。

スピードの差になる。

社員の疲弊の差にもなる。


メリットは何か。

この様な価格対応の状況下、その対応のノウハウだろう。

それがどれほどの価値を持つのか。

相当な価値を持つと考えなければやってられない。


一つには、価格を下限に統一し、全ての仕事に対し提示する。

価格は一気に下落し、瞬く間に底値となる。

勿論、競合他社をもそれに巻き込むのが目的。

当社も疲弊するが、競合の疲弊の方が大きいだろうという予想の元。

この疲弊度が逆転する可能性もあるのでこの手段には踏み込めないのが現状。

よーく左右確認し徐行しているのが現状。


この現状だけでは状況打破には繋がらない様に思う。

ただ、ココにノウハウの蓄積が加わればどうか?

これをタネに競合を排斥できるのか?

わからない。

が、出来るとしたらこのポイントしか無いだろう。


ノウハウの中でもネックになってくるのが人脈。

幸か不幸か、大変だけど当社のシステムだと競合に相対する為の価格対応をするのに相当な労力が要る。

その労力に代わって得られるのがノウハウと人脈である。

この活動をずっと継続していけば、競合と当社の間は縮まり逆転する事はあるだろう。


しかしこの方法でさえ、正解かは模索の範囲内である。

未確定でありながらも可能性を見据えて進むしかない。

それが今の状況である。

昨日、営業所の送歓迎会だった。


俯瞰の目というのだろうか、飲み会の場の中でそれを持つ事を試みた。


何か自分が上司も含めそこにいる中のメンツを子供と思える程の高齢者に成った気分で見た。


皆が可愛く思えた。


たわいの無い行動も、普段なら無性にむかつく行動も、普段なら威厳を感じてしまう人物に対しても。


そうなると周囲からの評価は気にならなくなる。


そういう状態でこそ、自分の本当の考え方、行動が出来る。


それを知り体験できた場だった。

人生は残り時間だと思う。

おちまさと氏も持論としている。

最近特にそれを感じる。


先日実家に帰った。

息子の七五三のお祝いを渡したいからと、実家にそれを取りに来いとなったからである。

ちょっと多すぎる額のお祝いを頂いた。

そういう気遣いをしているのに関わらずウチのカミサンから嫌われている俺の実家。

やはり不憫に思う。

この人達の残り時間も相当少なくなっている。

その量に反比例して子供からの冷遇は増す。

その人生たるやどんなものなのだろう。


もし俺の気の迷いでそんな状況を作り出しているのなら俺はとんだ親不孝者で、事実ほぼそれに近い。

そして他に変え難い後悔をする事になる。

で、自分の絶望的な未熟さを感じるだろう。


今回は俺の行動でそれを防ぎたい。


俺の残り時間も確実に減っている中で。

一つ難問がある。

この前エンゼルバンクで格言をやっていた。

「経営は伝言ゲームだ」。

社長が発したコンセプトをどこまで末端社員が理解し違わず伝えられるか。


これを考えると当初の場合夜も眠れなくなる(笑)。

今、競合他社を食い潰そうと政策を打ち立てた当社。

しかしながら、その道筋は出来たものの運用に即してるかは別次元。

メチャクチャそれを活用して競合に打ち込んでいかなくてはならない状況にも関わらず、実際にはその手続きの面倒から疎遠な実情もある。

私がこの辺を鑑みると、果たして当社は(社長は)当面の局面打開をどう捕えているのだるか?

そう思ってしまう。

完全なる低価格競争を敷いて最短で競合からの市場奪還を目指す。

超長期スパンで当面の敗北は有っても持論を全うする。

この狭間に末端社員は悩んでいる。

この打破の為にはトップの意思表示が一番だが、コレについてのモノはまだ無い。

敢えて間違っててもいいから、自分の主張をしていくことが大切と考える。

それを国連トップや日本政府トップにも求めたいと考える。


例えば、朝が目が覚めて会社へ行かなくてはいけない。

しかも仕事があり、やっつける為に5時半に出るとか。

起きるのは5時ちょうどとか。

そういうつらいシチュエーションの時思うのが、「どうして俺だけが?」的な気持ち。

これを思うと思考や行動が止まる。

という様な事に最近気付いた。


「どうして俺だけが?」は周りと自分を比べて「損してる」という気持ちから発生してる。

回りの中にあって自分のポジションはどうなのか?

それを気にした時から、思考も行動もどうしようもなく重くなる。


人間、何も捕われず集中して本来の力を発揮している瞬間は自分の価値観だけで行動している。


また、「損してる」シチュエーションを自分を成長させる状況をだと考え、有益だと思い嬉々として取り組む、そんな時か?


さらに、周囲を気にするなら、周囲に敬意を払い、周囲の為に行いを起こす事、それが自身にとっても相手にとっても有益である事を理解した時。


とにかく自分が「損してる」という考えはパワーダウンしか生まない。


じゃなにか、思考としては「得してる」が正解か?