先週、部長代理と同行した。
と言っても銀行から出向で最近来た新入社員の方。
この研修という事で。
やはり既存社内の見地に捕らわれない視点はあった。
今競合との戦いが熾烈を極める中で、そればかりではないのか?
ウチみたいな会社はそれ以外に本来の商品開発という部分で勝負しなければいけないのではないか?
その通りである。
言ってみれば、既存の市場を奪い合う戦いと、新しく市場を開拓していく戦い。
勿論後者の方がテンションが上がる。
前者は生きていく上で現状外せない戦い、だけど精神的にツライ。
世の中の幸せの総量は決まっているという説がある。
要はイス取りゲームである。
俺はそうばかりでは無いと思う。
言わば、幸せ∞説。
厳密に言えば限界はあるのかもしれないが、人知のレベルで行き着けない程の幸せが世の中には埋もれている。
人間の脳みそが実は殆ど使われていないのと同じ様に。
決まったパイを奪い合うより、新しく切り開く方が俄然気がノる。
俺はそういう生き方をしたい。
相対評価の中の闘いではなく、自己評価の闘い。
自己評価の延長線上で相対評をも手に入れるならば望ましいが、むしろそれも関係なく自己評価ありき。
勝ち組、負け組という思想は相対評価の産物。
もしかしたら、幸せの総量は決まっていてそのイスに座りそこなう事の不安を煽る為の刷り込みかもしれない。
支配者側の。
去勢政策の為の。
幸せ∞が前提なら、勝ち組負け組という思想は怪しくなる。
①相対評価ありきの考え方では、世の中の幸せ量は限定される。
②自己評価ありきの考え方だと、世の中の幸せ量は限定されない。
①相対評価の中では自己のモチベーションさえも上限が発生する。
さらにその相対評価が悪い時にはモチベーションの維持が極めて難しい。
言わば受動だから。
外部のリアクションに依存したもので能動的ではない。
②幸せ∞なら、やり方次第で開拓可能。
メチャクチャ成功してるヤツがいてもパイが決まってないから、ある意味並んだり上を行ける。
それを見た周りから結果としての相対評価はあるが、やってる本人は自己評価が基準。
良かろうが悪かろうが相対評価により根底を揺るがされる事は無い。
だからモチベーションに関しても周囲からの依存性は薄くなる。
相対的に悪いときでもモチベーションコントロールが可能。
能動的である。
当社の仕事に置き換えれば、競合との闘い明け暮れるだけでなく開拓的な仕事が必要。
当社にとっての新分野というだけではなく、世の中にとってもある意味の新分野である事が条件と成ってくる。
言ってみればフロンティアスピリット。
「ベンチャー精神」って=なのかな?