少し前から思いついていることだが、会社の中には逃げ場所がある。

それは各人によって違う。

営業マンは外回り中とか、またはルーチンの中で埋没しながら実は一休みとか。

管理系や製造系、技術系とかも職種によって逃げ場所の大きさも数も色々とあるだろう。


だがそれを無くす事が会社の為の一つの方策である。

その事も最近思う。

じつは、そっちを先に思いつき、その後に逃げ場所の存在、その意義とか意味とか発生事由とか考えている。


たぶん完全に撲滅となると個人の調整機能というものが損なわれる。

今は逃げ場所を使って社員一人一人が自分のモチベーションや体調などを調整し、言わば会社に利益を還元できる自分のコンディションを維持している。

会社の施策で逃げ場所を削る事をしても、自然発生的にまた生まれる気もする。

ただあんまり目の敵の様に、その撲滅ばかりをすると、社員の維持機能を低下させる事になりかねないと思う。


野放し過ぎてもいけないが。

すると少し厳し目くらいが丁度良いような気がする。

一部、野放しでも自己を律する事が出来る人間も居るとは思うが、全社員を対象にこういうのは考えなくてはいけないから。


では、やはり今以上に逃げ場所を削っていく方向性になるか。

そういう中でも出来る人間は自分で色んな意味の逃げ場所を、自分なりに作る事が出来るのだと思う。

よって、また削る方向が正解との答えになる。

今日は会社に来ているが何か仕事が進まない。

制限が無いのでよくある事だ。

T氏のブログを読んだら「淀みなく、時を過ごす」とあった。

心に淀みがあると滑らかに事が流れないというのだ。

そう言われると、実際色々な邪念、煩悩があるからまっすぐに進めないものである、と気づく。

たぶん今もそう。


そういう意味では今日はいつもと違う環境下での仕事。

どういう環境であろうと自身を持っていれば同様のパフォーマンスの筈である。

まだ修行が足りない。

この前、NHKの番組でDHのトップ選手の話をやっていた。

恐怖と戦う。

HDはそういう種目だ。

そしてその世界トップ選手はどんな事をしているのか。


扁桃体は脳の中の恐怖を感じる部分。

以前大事故を起したコースを滑る時、ここが激しく反応する。

反応しながら実際のすべりは過去最高のパフォーマンスを叩き出していく。

何が起こっているのか。

この時彼は瞬きをしなくなる。

高速のすべりでは瞬きは一瞬とは言え多くの情報を失う。

情報を知る事で恐怖に対抗しているのだ。

どんな状況かの把握。

この思いが瞬きをさせなくなる。

どんな状況なのか知る事で、扁桃体が感じている恐怖と戦う。

自分との戦いなのだろう。


むしろ激しく恐怖を感じているからこそ、知ろうと思う。

大きい恐怖が極度の集中をさせ、それが極度の情報収集をさせ、結果として最高のパフォーマンスをたたき出す。

人間の可能性を垣間見た。

乾坤一擲。

会社の基上司からの年賀状に書いてあった一言。

今年はこの気持ちで頑張れとあった。


ウイキペディアで意味を調べると、

運を天にまかせて、のるかそるかの大勝負をすること。天下をかけて一度さいころを投げる意から。▽「乾」は天、「坤」は地の意。「一擲」はひとたび投げること。「一擲乾坤いってきけんこん」ともいう。

と、あった。


その位の気持ちでもはや勝負をかける時なのである。


それから、ふとこの言葉が思いをよぎる。

今年になってから。


だが、こういった全力の後ろをかえりみない勝負を掛けるには、やはり体調は万全でなけらばなら無い。

そういう勝負はそういった準備の類は度外視して考えるものなのかもしれないが、 それとは関係なく普段の行いが体調万全な行いをしている事が益々大事になってくる。


人生を掛ける勝負は明日にも、今にも掛けなくてはいけないかもしれない。

だから常に万全を期す事が重要。

今、いっときが勝負の時であるとして。

小島慶子「キラキラ」に若干のハマリ状態。

彼女は以前から気になる存在だったけど、気に入らない方で気になってた。

何でも言葉にしてしまう感じ。

少しは考えろよ。

けど昼のラジオに来て何かの拍子で聞いてから意外とイイ。

損得勘定抜きで言葉にしていくところがカッコいいし、ある意味腹が据わっている。


今日のキラキラで彼女自身が自分の発言は思考のみで止める感覚の緩みがあると言っていた。

さらにその自覚もあると。

意図的に言葉にして、独り言的に言い確認というか、いう事で機能させてるという意向もあると。

俺にも思い当たる節があり、今日は意図的に言葉にする様にしてみた。

独り言である。

これが意外と整理される、自分の思考が。

で、行動に繋がる、意外と。


それと場を盛り上げる為には、こういう思考から発言へのレスポンス、タイミングというのが非常に大事というのも再認識した。

帰社後も意識して発言を試みた感想である。


自分の外にも中にも影響を与える事ができる、それが発言である。

今年も明けて仕事が始まった。

なんか良い出足のような気がする。

毎年、常務との同行年始挨拶から始まるのだが、コレが緊張する。

でも今年は仕事になってた様に思う。

が、評価はいいか・・・自己評価だけで。

昨日一日見事に何もしなかった。

12/29に仕事納めで帰ってから、飲みながらDVDを3本見た。

松田優作の昔の角川映画2本と自転車映画のシャカリキ。

蘇る金狼が良かった。

人間の裏側が誰にでも特に自分にもある事と疾走感の後の喪失感。

あの頃の角川がイイのか、松田優作がイイのか、どちらともか。

高校サッカーを見ていた。


子供の頃、親父がナイターを毎晩見ていて、何が面白いのかとよく思ったもんだ。

楽しみな子供向けの番組が休止になってまでやるのだから尚更そう思った。


スポーツ中継で一番初めに面白いと思ったのが高校サッカーだった。

自分の中では高校野球より先にキタ感じだった。

むしろ高校野球に関してはプロ野球と同じで「何が・・・」だった。


その頃は千葉テレビで予選から放送しており、全国に繋がってる感があってそれも良かった。

季節が冬で、応援してる女子高生が必死で声援を送り、たぶん付き合ってる彼氏が負けたら泣いちゃう。

そんな感じも良かった。

同じ状況は甲子園もあるだろうけど、季節が冬だと何かグッと来る。

それにこの応援の悲壮感みたいなのは高校サッカーの方が良い味出してた。

あと、坊主じゃないのもシチュエーション作りにはいい。


そんなこんなで小学生のオレが結構熱狂して見てた。

スポーツ観戦は皆そこからの延長線上だった。


でも勝負は見られてる事を気にしてると勝てない。

正確に言うと実力を出せない。

よって勝てない。


大体勝つ人間は実力を出す。

よって周りの目を気にしていない。

勝ち負けさえも別の所に置いてプレーする事を楽しむ。

それが極めて高い集中を生む。


高校サッカーを見ていてそれに近い選手、遠い選手を感じさせる。

そういう見方をしてしまうのは俺が大人になったからなのか。


そしてある人が言っていた事も思い出した。

その人はサッカーをやっていてかなり高いレベルでプレーしてる人。

例えればJ2ぐらいか。

その人はスポーツ中継はあまり見ない。

何にしてもプレーするのは好きだが。

特に高校野球は見ないと言う。

なぜかと言うと、皆NHKの演出だからという。

高校サッカーの話にはならなかったが、TV演出で言うと更に濃いのが高校サッカーだと思う。

その人は更に見ないだろう。


見てると負けて泣いてる奴が多い。

男が泣くなよとも思う。

大して泣きたくも無いんだがしょうがなく雰囲気で泣いてるヤツもいる様な気がする。

泣いてるヤツはプレーに集中できなかったんじゃないかと思う。

大体、優勝候補でもなんでもなく、全国に来れただけでOKレベルの所が負けても泣いてるのはチョット。

何に泣けてるのか。

あるとすれば実力を出せなかった自分の不甲斐なさか。

だとすれば、それも全くだらしないのう。


それに対し、応援してた女の子が泣くのはイイ。

ブログを書くのに人の目を気にするかしないか。

日々の日記の代わりに、というのなら人目は関係ない。

けど、ブログは人が見るものである。

それが前提となっているものである。

だからやっぱり日記とは違う。


けど読んでいて気分をよくさせるブログも悪くさせるブログもある。

読んでる側の状況、心境に寄るところも多いのだろうが。

今年もあとわずか。

俺は成長できたのだろうか。


よく仕事や人生を階段に例えて言う。

一つ一つ登っていけと。


ただここで注意すべき事がある。

それは階段を上るにあたって足を掛けた1段目が確りしている事。

ここが崩れたりした場合は、当然上れなくなる。

だからここ言う階段を上るということは、階段を作る事も含まれる。

誰かが用意してくれた階段を登るというシチュエーションは無い。

あるとしても一時だけのもので、安穏としてそういう階段を上っている人は、その誰かが去るのと同時に崩落する。

だから自分で上る階段を作るという行為が非常に大事で、且つ見過ごされやすい。


日は日1日と過ぎていく。

その中で階段を上る。

今日という日は明日上る為の階段を作る行為になる。

上る行為と作る行為両方を今日する事になる。

これは一つの事のようで別の事で、別の事のようで一つの様な事。

の様な気がする。


上手く明日上る為の階段が作れれば、明日はそれを上れるし、それを上れなければ明後日上る階段を作る事は出来ない。