世間では「もりかけ問題」が話題になっているようだ 

おいらも蕎麦は大好きで現役の頃は特に長野県では必ず蕎麦を食していた 

何処のインターを降りたら何処の蕎麦屋さんと言った感じで店を決めていた 

特に印象に残るのは40代前半頃だったと思うが、かけ蕎麦にふたをするような大きな天ぷらの掻き揚げが乗っかっていて、バリバリシャキシャキ音を立てて食べた    

蕎麦も美味しかったが掻き揚げの強烈な印象が今でも残っている 

これは何んと言う店だったのか、どの辺りを走っていたのか記憶が定かでは無いがもう一度行って食べてみたいものだ 

ま、ソバはもりかけよりも、もりかざるかと言う議論のほうが多かったとに思う 

・・・・エッ、もりかけって、森加計のことなの?なんだそれを早く言ってよ・・

誤魔化すつもりじゃぁないんだからさぁ、否おいらの早とちりか・・・


話は変わるけれど、長野県の自然、風景は素晴らしい所がいっぱいですね!

この先、生きてゆく意味を失ってしまって生きていても仕方ないかなぁ・・なんて思う時期があった 

そんな時、唯一心を開けてくれたのが孫の存在だった

ダイニングのテーブルの角に頭を打ちそうで、急いでぐるりにゴムのクッションを貼ったりしたものだった

それが頭が少し出て鼻を打ちそうなんて思っていたら、次来た時はあごを打つ・・それがもうテーブルの高さが胸の辺りになっている・・来るたびに大きくなっていて目を見張るものが有る


ジィジ、ジィジと呼びながら膝に乗かって来たり、トイレまで追いかけて来たり、部屋でこっそり休憩しようと逃げてきても大きな声で呼んで探し回っている 

我が子のときとは比べようもない可愛さ愛おしさである

だから来てくれた時は自分も童心に戻って✕✕ゴッコで精一杯相手をしている

この孫の成長を二十歳まで、否、結婚するまでは応援し見届けようなんて少しづつ未来を考えることが出来るようになった



孫の成長はホントに早い

今は遊ぼあそぼでクタクタになるまで(こちらが)遊んでくれているが、小学校の高学年にでもなってしまえば

こちらが「オイッ、一緒に遊びに行こうよ!」なんて・・袖を引っ張ってみても・・ 

「うるせー こら、離さんか爺さん」

花咲か爺さんなんて言われてしまうのだろうなぁ…


私個人は定年までの人生の全てを失ってしまったけれど、親・子・孫、我が家はささやかではあるけれどほんわかとして幸せに過ごさせてもらえている

有り難いことである



大きな交通事故を起こしてしまった、一瞬のうちに全てを失ってしまった 

天分だと思い打ち込んできた仕事も退職せざるを得なかった 

たくさんいた仲間も失ってしまった・・と言うか、合わせる顔が無くって疎遠にならざるを得なかった


少々脂身が混じった肉と骨と皮は残ったけれど、今までのデータやファイルが削除されてしまったようなもので、生身の自分は消えてしまった

肉体がハードならば、中身のソフトがすべて無くなってしまったようなものだ

自分の意志でリセットしたいわけじゃないんだ 

60年余使ってきた肉体で今更リセットしたところでなぁ・・・と

 

仕事も趣味も希望も老後も仲間も過去も全て失ってしまったようなものだった

もう生きていく意味が無いなぁ・・・死にたいと言う積極的な考えには届かなかったが、昼間の明るい人通りに出かける事さえ怯えてしまった 

携帯には、かっての仲間や知人や仕事関連からも連絡が頻繁にあった・・・が、

その都度事故の記憶がフラッシュバックして、電話に出るのが怖くて出られなかった

興味本位で様子を探ってくる人もいただろうが、大半は心配して元気づけようとかけてくれたのだろうけれど・・

あれから7年余りが過ぎて、今過ごしている毎日が新しい生き方なのかなぁ・・と思うようになった

 



昇る朝日には1日の始まりのあわただしさのようなものを感じるのだが、沈む夕陽には一抹の寂しさや明日に思いを馳せる静かな時間の流れを感じるのは、私だけだろうか・・

そして今が第二の青春・・・否、青春時代にはやりたくても出来なかったことすらやれる気がしている

気力、体力共に衰えないようにしたいものだ

人生すでに峠は過ぎて下り坂に差し掛かってしまった、下り坂と言うのは惰性でもどんどん進んでいってしまう 限りある時間を大切に使わなければ・・