人間は、どうして死んでしまうのだろう?動物も、植物も、なぜ命を終えるのだろう。死ぬことへの恐怖があるからこそ、こんな根源的な疑問が生まれるのかもしれません。

科学的な根拠はないけれど、私は「この世での役割が終わったから」と考えるようにしています。皆さんは「死」についてどのような考えをお持ちですか?ぜひコメントで教えてくださいね。

 

 


 

「死んだらもう会えないね」悲しそうに言う夫、楽しそうに聞く私

 

夫が少し悲しそうに「死んだらもう会えないね」と言うのを、私はどこか楽しそうに聞いてしまいます。なぜなら私にとって「死ぬ」とは、「この世での役割が終わったから」という、ある種の完結を意味するからです(これはあくまで個人の感想です)。

そんな「死」や「生」について、深く考えさせられる映画を探してみました。


 

まずは「お守り」について

 

この記事ではダイヤモンドには触れませんが、遺骨をお守り代わりにする風習は昔から世界中に存在します。宝石もまた、お守り代わりになることがありますね。

お守りは、必要ない人には必要ありませんが、必要な人には必要なものです。直接的な効果はないのかもしれませんが、心がしおれた時や、行き詰まった生活を支えるために、古くから大切にされてきました。


 

「死」と「生」を深く考える映画たち

 

 

おくりびと

 

私が初めて観た終活映画がこれでした。「納棺師」という職業があることを知り、最初はフィクションなのではないかとさえ思いました。しかし今では、エンディング産業の中でも人気の職種となっています。

映画の舞台となった山形県酒田市にも行きました。古い町並みに古い宿が残っていて、増築を繰り返したような、ホテルというよりは旅館、いや、旅籠のような場所でした。薄暗い廊下を何度も曲がって、やっと自分の部屋にたどり着くような。その旅館の土間には、今もこの映画のポスターが飾られていました。

 

お葬式

 

「おくりびと」とは対照的に、楽しいハプニングの中に人生のほろ苦さを感じさせるエピソードが満載の作品です。伊丹十三監督の作品で、観終わった時の第一印象は「面白い!」でした。作法や文化というよりも、人間そのものを描いているような映画です。

 

私のちいさなお葬式

 

ロシアの小さな村で、終活(?)を始めた元教師のおばあちゃんが主人公の映画です。余命宣告を受け、自分の葬儀の準備に取りかかります。終活といっても、とても前向きな人間ドラマでした。小さな村で、最後の時間を明るく過ごすおばあちゃん。とんでもないことも起こりますが、最期(あるいは映画の最後)には、ごく平凡な人生だったけれど満足できた、と感じさせてくれるでしょう。

 

夫婦2人の葬儀店、ご遺体に「お疲れさまでした」

 

これは映画ではありませんが、ぜひ紹介させてください。感動しました!福島県いわき市で、夫婦二人だけで小さな葬儀店を営む方々の話です。彼らは故人に「お疲れさまでした」と声をかけ、最期まで寄り添い見送るそうです。

お葬式は大きな葬儀社に依頼することも多いですが、小さな地域密着型の葬儀社を頼る人もたくさんいらっしゃいます。誰にも看取られず、引き取る家族もいない中で亡くなっていく人々に心を配り、温かい工夫を凝らす姿には、深く胸を打たれるものがありました。

 

きっと、星のせいじゃない。

 

13歳で病気を発病した主人公たち。人間はどうして病気になるのだろう?それは、人生をより深く楽しむためなのかもしれない。恋を信じる男の子と、信じない女の子の、若くもほろ苦い生き方が描かれています。

建築家を夢見る男の子と、秘書として入社してきた女の子。一目惚れから物語がスタートします。運命の恋を夢見る男の子と、真実の愛なんて信じない女の子。好きな音楽をきっかけに意気投合する二人ですが、恋愛と友情の間に広がる果てしないグレーゾーンが、その後の人生を予感させてくれます。

 

最高の人生の見つけ方(原題:The Bucket List)

 

心優しい工員と傲慢な実業家。全く異なる人生を歩んできた二人が、病院で同室となり、旅に出る物語です。共にガンで余命半年を宣告された彼らは、病室で「死ぬまでにやりたいことリスト」(映画の中では「棺桶リスト」と呼ばれていました)の話をし、それを本当に実現しようとします。生涯最後の冒険旅行は、実はすぐ身近なところに「生きる喜び」があったことに気づかせてくれるでしょう。

 

最高の人生の見つけ方(原題:Now Is Good)

 

こちらは上の作品と同じタイトルですが、別の映画です。大真面目な主婦と大金持ちの女社長。価値観が全く異なる出会うはずのない二人が、同じ病院で出会います。余命宣告を受けた二人という設定は上の映画と同じです。入院中の12歳の少女の「死ぬまでにやりたいことリスト」を見た二人は、このリストのすべてを実行することにします。今まで気づかなかった「生きる楽しさ」と「幸せ」に出会えた二人の姿に、思わず涙がこみ上げてきます。

 

50/50 フィフティ・フィフティ

 

27歳でガンと診断され、生存率50%の余命宣告を受けた実体験をもとにした映画です。人生を諦めるにはあまりにも早すぎる若者が、ハチャメチャな人間模様の中で、病気の意味をユーモラスに描いていきます。

主人公は酒もタバコもやらないのにガンになり、余命宣告まで受けて大きなショックを受けます。生活は一変し、仕事の同僚はよそよそしくなり、恋人は看病の重圧に押しつぶされそうになります。そんな中、一人の親友が、手探りのセラピストを通して、「ガン」を笑い飛ばして励まそうとします。病気とは何だろうと考えさせられる映画でした(もちろん、答えは出ませんが)。

 

マイ・ベスト・フレンド

 

どこにでもいる普通の少女二人の友情を描いた映画です。ごく平凡な日常の中に、人生の真実を見出すことができるかもしれません。親友とは、楽しさも悲しさも分かち合える存在。大人になるまでずっと一緒だった親友同士が、一人は乳がんの告知を受け、もう一人は新しい命を授かります。

どうしても、ここで別れなくてはならない。大切な人と残された時間をどう一緒に過ごすか。それが、その後の人生を強く生きることにつながってほしい、と強く思わされる作品でした。

 

きみに読む物語

 

この映画には、次のような感想が寄せられています。

「これ以上の愛の物語を知らない。愛は変わるものだと言う人もいるけれど、僕は愛は永遠のものだと思う。変わらぬ愛を誓える人こそ美しいのです。」

「ノアのほうが少し愛が強いのかなと思いきや、この物語を書いたのはアリー自身で、その物語を本人に読み聞かせているノアっていう構図がこの上なく好き」

「老人痴呆症と字幕がつくあたりから、この映画の歴史を感じる。どれだけ時が経っても、名作ですね」

 

博士と彼女のセオリー

 

余命宣告を受けても希望を失わず、難病と闘い続けた天才物理学者スティーヴン・ホーキング博士と、彼を支え続けた妻の物語です。宇宙を読み解いた博士だからこそ描けた、美しくも感動的な映画です。

 

潜水服は蝶の夢を見る

 

これは実話に基づいた物語です。雑誌編集長の主人公を脳梗塞が襲い、昏睡状態から目覚めた後、「閉じ込め症候群」(全身が麻痺した意識障害)になってしまいます。しかし、唯一動かせる片目のまばたきによって、意思疎通をなんとか行うことができるようになります。それに周囲が気づいてもらえるようになり、その後、一冊の本を書き上げます。その本が出版されてからわずか2日後に、著者は感染症で亡くなったそうです。

 

アリスのままで

 

「ガンなら良かった」という衝撃的なセリフがありました。大学教授として、学生からも家族からも愛され、幸せな結婚生活を送っていた主人公のアリス。しかし、物忘れが頻繁に起こるようになり、診察を受けた結果、若年性アルツハイマー病だと宣告されます。

アルツハイマーは治療法がなく、原因も不明な病。避けられない「物忘れ」という運命にあらがっていく彼女の姿は痛々しいほどです。最後は、すべての記憶を失うという若年性アルツハイマー病。もう少しだけ、アリスのままで居たいという切ない気持ちがタイトルに込められています。


 

死んだらもう会えないね、悲しそうに言う夫、楽しそうに聞く私

 

映画はフィクションも多いですが、人生の道標となるような出来事をたくさん体験できるのが良いところです。

お守りは生きている人のためにあります。死んだ人のためではありません。そして、死んだら遺骨が残るだけ…という考え方は、私は違うと思います。 大切なのは、たくさんの思い出が心に残るような人生を歩むこと。そして、故人への想いは、形を変えて私たちの中に生き続けるのです。

あなたは「死」について、どんな風に考えていますか?