ずっと前に書いたことあったけど、うちの5歳の娘は結節性硬化症(プリングル病) という難病であります。
癲癇の一種のような病気でして、脳が石灰化しておバカになります。
保険で認定されない薬を処方してもらっていたのですが、ここんところ薬を変える試みをしております。朝晩欠かさず飲ませなくては癲癇を起こす可能性が増します。
そもそも癲癇というのは脳内で異常電流が流れているのですが、記憶や精神年齢に障害が出るわけです。
メガバトリンとい非認可の薬を使用していたのですが、ついに他の薬に序々に切り替え使用0%になりました。それに伴い副作用の性質も変わってきます。食いしん坊だった娘がすっかり食欲がなくなってしまいました。食いすぎも困りますが、食欲がないには可哀想でなりません。
体はすくすく育ちますが、おつむは3歳程度でしょうか・・・。
よその子と比べるとおバカなもんですから、言葉もあまり覚えず人に意地悪な感情を持つことも知らず、まさに天使のままです。
さてさて、仕事を通してのライフワークを語ることが多い当ブログではありますが、彼女が大人になって自活する可能性が極めて低いこともあり理想ばかり語れないのが実情でありますが…前回の「何のために生きるか…」というテーマは実は自分勝手に決められるものではないわけです。
私もすっかり中年のおっさんとなりました。最近それなりに自覚しております。
昨日の納品で体中筋肉痛で、ひしひしと感じる次第です。
娘なんて、いつか父親離れしてパパが嫌いになっていくそうですが・・・その方がまだ気が楽です。いつまでもこのままおバカだったらどうしよう・・・それは、愛らしくて可愛いままなのでしょうが、いつまでも守っていることできません。
小学校1年生の長男が自分を取り巻く環境を理解できるようになるまで、私がしなきゃならん事ってなんだろ?
私もあまり深く考え込むタイプでもないんで、そんなに熟考してるわけでもないのですが、せめて自分自身を好きでいられる生き方ができなきゃチビ達に何も伝わんないだろうと思うわけです。
自分の取ってる手法はきっと誉められたものではない・・・それは知ってる。
もっと楽な方法はある・・・それも知ってる。
いまのやり方がベストではない・・・身にしみてる。
眉間に皺をよせて帰る深夜、子供が寝言で私を呼んでる。
そうだよね、争うのが目的じゃないよね・・・。
仕事を通して、家族とお格様と仲間がみんな笑顔になれたら・・・
否、そじゃないと意味がない。
争うことが幸せの手順なら、幸せって人の不幸の上に成り立つのでしょうか?
幸せだなって感じるとき・・・それは、物が売れた儲かったときでも、ライバルを蹴落としたときでもないです。
心を込めて作ったものが認められた時、そして家族やがその後ろ姿をみて何かを伝えられた時、仲間と成功の喜びを共有できたとき・・・そんなとこでしょうか・・・ささやかな幸せを感じられる瞬間ってやつは・・・。







