ここ数年、20〜30代等若い層の「SNS離れ」が良く言われる。
実際、「SNSはやらない」「見るだけ」といった人が多いと感じる。
そして、ミドル・シニア層が多くSNS発信している印象が確かにある。
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確かにSNSは、使い方にもよるが、
日常の何でも無いことをあまりにも頻繁に見せるやり方だと、気楽なようでむしろ特有の負担感を感じてしまうとか、
あるいは強めの主張的なことを書いていくような利用法だと、時にマナー違反的な攻撃をされるとか、色々やりにくい面もあるとは思う。
それは、やはり多様な人の投稿が流れてくる中に入っていく、という要素が強いからだろう。
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しかし、例えばXやインスタグラムに嫌気がしたとしても、
だからといって広いネット発信自体をしないというのは、あまりにも勿体ない様に思える。
特に社会活動などをしているなら、やはり自分の意見なり、あるいは自分なりにまとめた情報なり、発信する気概はほしい。
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SNSをやらず、個人間メッセージや小規模グループで情報交換するという人が多いようだ。
だが例えば社会活動等をしたいというのにそれでは、率直に言って視野が狭い。
90年代後半等は、パソコンで頑張ってホームページを作っている人も多かったし、世界と交流しようとする人も多かった。

そしてその次はブログの時代もやってきた。
それが、ここに来て何も広いネット発信をしない若者が多いというのでは、平成初期どころか昭和に逆戻りである。
テレビとラジオ、雑紙、新聞がメディアのメイン、電話や手紙、あとは直接コミュニケーションの時代である。
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「ネットは不健康である、顔が見えないコミュニケーションである」といったような「リアル信仰」的な古臭い考えに縛られている若者もいる。
それを言ったら本だって書き手の顔は見えない。
文字ベースに比べ、リアルな付き合いは、「非言語的な要素(口調、表情、服装、体格等)」が多すぎてしまい、純粋な意味内容が伝わりにくいという問題がある。
また「ネットは匿名だから良くない」といった考えに縛られるのもまた短絡的である。
実名・立場などを出すと書けなくなってしまうこと、書きにくくなってしまうことがあるなど、簡単に分かるだろう。
ネット上のネームであっても、それでもって発信内容を一貫させようとすると、結局それにしばられてしまい、自由な発想が出にくくなる(実名と似た作用)。
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SNSに比べて、例えばこうした「ブログ」では、そんなに色んな人の情報が「流れてくる」という感じではないから、流れ(他の人の投稿)に惑わされずマイペースで書ける。
SNSでも、あくまでもマイペースで投稿することはもちろん可能であるが、
他人の投稿が全く見えないように設定する(現れるアカウント全てをミュートする)のはやはり無理があることとなるだろう。
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アメーバブログでは、フォロー機能やいいね機能などがあり、ややSNS性もあるが、基本的には「Web日記」みたいなものである。
もっとシンプルなブログサービスが良いと言うなら、そういうものも勿論ある(具体名は出さないが)。
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また、Jimdoなどのサービスを使えば、スマホだけでも、全く他ユーザーから独立した「ホームページ(Webサイト)」を作ることもできる。
フォローしたりされたり、いいねしたりされたりすることもない。
わざわざそういう機能をつけなければ、内容に対してコメントもつかない。
リポスト、リブログ等もない(勝手に人のサイトをコピーしてアップするというのは勿論違法)。
ホームページというと「大変だ」と考える人も多いが、それはできることをすべてやらないといけない、と何故か勝手に考えてしまっているからだ。ほぼブログと同様の作りであっても一切問題ない。
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また、引き続きいわゆるSNSを使うにしても、投稿を単一テーマに絞れば、「自分」というもの自体を発信する感じにはならないから、負担感はぐっと減るだろう。
一つのアカウントで何でもかんでも発信しようとする必要は特にない。
何らかのテーマや投稿手法(写真だけとか)にぐっと絞り込んだアカウントをいくつか作ってももちろん良いわけだ。
また、ほとんど誰もフォローせず、コメントも拒否してSNSを使うということもできる。そうすれば「流れ」「反応」も気にしなくて良い。芸能人アカウントなんかは、そういうSNSの使い方をしている。
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また、「SNS離れ」では、主に日本語話者たちの空間、空気感に疲れてしまうと言うのもあるのではないだろうか。
英語ユーザーの多いサイトに投稿しても面白いだろう。
今なら、高度な翻訳ソフトの力を借りて読み書きすることも十分にできる。
Xに似た「Blue sky」だとか、「Reddit」という掲示版的サイトなども有名だ。
無論、Xやインスタグラムで専ら英語発信をする、ということも簡単だ。もともと海外のサービスなのだから、外国語での利用の方がむしろ自然とさえ言えるだろう。
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SNS離れ、特に若い人のそれ、というのも大いに理解できるところはあるが、
だからといっても、特になにか、例えば社会活動等に興味のある人では、
やはりネット発信の可能性をあきらめてはほしくない、という話であった。
