アニマルライツとか、「権利」というと、「おおげさだ」といった反応もあります。
それらはそれらで良い概念と思いますが、誤解されやすくもありますね。

しかし、「動物(他種)を道徳的配慮の対象にする」との言い方ならどうでしょうか。

道徳的配慮 ethical consideration の対象にする、とはどういうことか。
これ自体にいくつか解釈はあり得ますが、全く人間と同様に扱うとか、
何の危害も一切加えてはならない、ということとは考えていません。

「内在的価値(その存在自体に価値がある←→道具的価値) を持つものとして接する」とか、
痛み・苦しみを感じうるものとして、それらをなくしたり減らしたりしていこう、
というような感じでしょうか。

「内在的価値」に関しては植物もこれを有するとの考えができますので、
私は「痛み・苦しみ」をポイントに動物問題を考えています。

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「他種について道徳的配慮をしなくていい」というのは、
なぜそう言えるのか、議論としては非常に難しいものになります。

※「しなくていい」と「できない」は異なります。

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とくに「アニマルライツ」等の色が見えない日常の場面でも、
「動物に、ある程度は道徳的配慮をした方がいい」というのは、
あまり反論もされないというか、人々は言葉にせずともこれを共有しています。

では、実際にどの程度の道徳的配慮をすべきなのか?
どの程度を理想としてうったえてゆくのか。
これらが、現実的な問題になってくるでしょう。

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道徳的配慮とは、人間同士では当たり前にしていることです。

少し極端な話を言うと、「口論になって胸ぐらをつかんだ」
とかいう場合でも、胸ぐらをつかんだ人は相手に配慮しています。
法に触れますが、思わず一発殴ってしまったぐらいでも、そうです。

それが良い行為であると言ってるのではなくて、
全く、無生物のように扱うことはしていない、ということです。
(他種を道徳的配慮の対象にしない、とは、石も機械もウサギも同じであるというような考えです)

少なくとも殺そうとはしていないし、大きな怪我をさせようとも思っていないでしょう。
それは「自分が捕まる」「社会的立場がおかしくなる」とかの問題との「天秤」で、していないのではなく、
相手を道徳的配慮の対象と思っているからです。

相手を道徳的配慮の対象にするとは、このような意味であり、
「いかなる害も決して与えないようにする」、のではないのです。(重要)

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言葉はいろいろで、自分に合う言い方ってのもいろいろ有ると思います。
ひとつの見方として書いてみました。