自分の主張を確固たるものにするためには、論理的な説明であるかどうかというのが大事になる。
自分では論理的な主張をしていると思っていても、実は論理的ではない主張を展開していたというようなことがあるので、気をつけなければならない。
論理的な主張をする上で、基本となるのがいわゆる「三段論法」である。古代ギリシャの哲学者アリストテレスによって導かれたと言われている。
三段論法とは、大前提に小前提を当てはめて結論を導くという論法のことである。
よく持ち出される例が、
(大前提)全ての人間は死ぬものである。
(小前提)ソクラテスは人間である。
(結論)よって、ソクラテスは死ぬものである。
というものである。
これは、
(大前提)「人間」→「死ぬ」
(小前提)「ソクラテス」→「人間」
(結論) 「ソクラテス」→「人間」→「死ぬ」
という論理の流れである。
多くの主張は、この三段論法の繰り返しによって構成されていたりする。(もちろんこれだけではないが)
一見、簡単に見えるこの三段論法だが、誤って用いられても気がつかないことがある。
例えば、
A: 近年、地球の温度は上昇している。
B: そして近年、地球の二酸化炭素濃度も上昇している。
C: よって、地球の温度が上昇しているのは、二酸化炭素の濃度が上昇しているからだ。
AとBは正しいとして、なぜCが言えるのか。全く論理的ではないのである。
図にすると、一目瞭然である。
A:「近年」→「地球の温度上昇」
B:「近年」→「地球の二酸化炭素濃度上昇」
C:「地球の二酸化炭素濃度上昇」→「地球の温度上昇」???
地球の二酸化炭素濃度が上昇したら、どうなるかという事実は上の主張からは何も導かれないのである。
しかし、こんなあまりにも基本的なことですら、テレビのコメンテータが理解していなかったりする。
バラエティでおもしろおかしく考えを言う場合には、論理性がどうかなんてどうでも良い。しかし、まじめな討論番組やニュースの解説などでは、とても見過ごすことはできない。
「テレビで言っていたから」と人は言う。
「本に載っていたから」と人は言う。
しかし、テレビで言っていれば真なのか?
本に載っていれば、真なのか?
大前提に誤りがあるのではないか、と疑うことで、本当の意味で正しい情報とそうでない情報を見分ける力がつくと思う。インターネット社会になった今、まさにこのような能力が求められているのではないだろうか。
このような能力をつけるたった一つの方法は、
同じテーマについて、一人の人の書いた本や情報を読んで理解した気になるのではなく、いろいろな人の意見や主張を見聞きすることだと思う。そして、彼らの意見に共通する争いのない部分を抽出する。その箇所は大前提として良い可能性が高いと考えられる。
そして、そうやって抽出できた内容を大前提とし、改めて各著者の意見を見る。そうすると、「アレ?」と思うことが出てきたりするのだ。
「ゲームをやりすぎると、成績が下がりますよ。これ以上成績が下がらないように、ゲームをやめなさい」と先生が言う。
しかし、他人がテレビを見ている時間に勉強をすれば、ゲームをしていたって成績が下がらないことはあり得る。
逆に、ゲームをしていなくても、テレビばかり見ていて成績が悪い生徒もいる。
学校の先生の言うことも、鵜呑みにはできない。
ただ、学校の先生が、当時の私を「屁理屈が多すぎる」と評価していたこと、おそらく正しかったのだと思う。
私がもし先生で、生徒にそういう返しをされると、同じように言い返しそうだ。「君は屁理屈が多すぎる」と。