休み時間、よく図書室で「読み聞かせ」が行われている。
また保護者や地域の方が積極的に学校に関わるようになったお陰で、
週に一回程度クラスに入り、
朝の時間を使って「読み聞かせ」を実施するようになってきた。

こういった様子を垣間見ると、
・集まった児童は耳を傾ける
・一言の私語も無い
・真剣な目が絵本に注がれる
 

その集中力は見事なまでに素晴らしい
私達は毎日5コマ、6コマの授業をしているが、
ここまで集中した授業実践が出来ているかというと、なかなか難しい。
しかしこの「読み聞かせ」のエッセンスを取り入れれば、
普段の授業はもっと楽しいものになるし、豊かなものなるだろう。

では「読み聞かせ」から学ぶエッセンスとは何か、幾つか紹介していきたい。


①興味 関心 好奇心
普段実施している授業は、最初に教科書を開き、
本時のめあてを板書したり、今日の学習内容を確認したりしていく。
ときには意識付けとして、それにまつわる話をしてから進めたりしている。

これに対して読み聞かせは、どういった内容なのか、どういう展開になるのか、
児童は全く分からない。せいぜい分かるのはタイトルと表紙のみ。
このあたりに学ぶことがあるように思う。

教科書を開けばどういった学習が始まるのか、大体予想できる。
しかも算数、理科、社会などの教科はヒントや答えまで書いてある。
実施前から答えが分かっているのならば、はっきり言って全く面白くない。
 

一冊の推理小説、一本の映画があった場合、
結末が分かっていたら、
最後まで読むだろうか。最後まで鑑賞するだろうか。
 

これでは間違いなく食指は動かないだろう。
もし最後まで読み通したとしても、
感動や充足感は間違いなく半減しているはずである。

では読み聞かせを参考に、下記のような実践をしたい。


②教科書クローズ
教科書を全く開かずに授業をスタートする事で、
児童は先が見えないので、興味を抱いたり、教師の声に耳を傾けるだろう。
イラストや絵を提示するにしても、
最初から全て見せることは絶対しない。チラッとしか見せないのだ。
イントロクイズが良い例だ。音を出す瞬間、全神経が耳に注がれている。
クローズドな進め方をすることで、児童の興味や関心は高まるに違いない。
こういった形態でスタートするのも良いだろう。


③具体的内容は明示しない
社会科授業で防災教育を実施するとき、
「今日は家庭で蓄えておきたい防災用品を学習をします」
という話から進めては、何ら興味がわいてこない。
しかし言葉を少し変更するだけで、断然興味が湧いてくるだろう

「無人島にたった5個だけグッズを持っていくなら、何を持っていく?」
こう発問すれば児童は関心を示し、こぞって考えるだろう。
やる内容は一緒でも、発問を少し工夫するだけで、
児童の目はがらっと変わるのだ。

それと共に何も「めあて」は最初に出す必要は無いのだ。
頂上に登頂出来れば良いのであって、何処のルートでも構わないのだ。
敢えて後で提示したり、最後であったり…、
そこを認識して授業を進めれば、きっと楽しい授業になるはずである。


④絵 イラスト 動画
日々の授業での黒板は当然ながら「字」のみだ。
この板書を写す作業を児童を日々行っている。
児童から見れば黒板は無味乾燥で、心地よい類いのモノではない。
これに対して読み聞かせで見えるモノは、
「絵」「イラスト」のみである。
紙芝居がまさにその典型だ。
この視覚情報以外は担任の「読む声」のみだ。
だから聴くことに専念する。

ここから2つの“効用”が見えてくる。
第一に「声」「文字」オンリー授業から脱皮して、
「絵」を効果的に使うのだ。


ここで言う絵にはイラストや絵は勿論、アニメや動画も含まれる。
スマホ&タブレット時代が来ているので、
当然これらを積極的に使っていくと、
授業形態自体、大きく変わる可能性がある。

ある特別支援学級を覗いてみると、教室では淡々と作業をしていた児童が、
PCルームでは目を輝かせながら嬉々となって取り組んでいた。
勿論ずっと使用しなくても、たった一枚の写真やイラストでもOKだ。
視覚に訴える授業は関心意欲を高めることは分かっているので、
それを実践すれば、児童の目が一斉に注がれることになる。

第二に「語る量」を調節したい。
基本的に授業では担任が話しすぎる(「3対7への改革」参照)。
教室内で発せられる声が10あるとすれば、教師9、児童1というのもある。
始終話や説明をしていては、
情報が多すぎて児童は意欲が失せたり、疲れたりしてしまう。
紙芝居だって、せいぜい10枚程度、
語りは速くなったり、遅くしたりして調節しているのだ。
要所要所に絞ったり、指示発問を与えたりして、
じっくり考える時間をとることが大事である。

作文と詩の違いが良い例である。
あまりに大ざっぱだが、
作文の贅肉を削いでいくことで“詩”に近づく。
読み聞かせも同様だ。
絵本から外れた話は一切無い。
必要ないことが完全に削がれているのだ。
だからこそ教師は口を挟むのを極力減らし、
考える時間を与えていきたい。

詩のようにコアな発問を上手に活用していきたいものだ。


⑤ストーリー
授業には大きな山があれば小さな山もある。
コアな部分であったり、ミニマムであったりする。
ただいろいろな研究授業を見ると、
舗装された直線道路のような単調な授業を多く目にしてきた。

これに対して読み聞かせにはストーリーがある。
話の始めから終わりまで一環とした連続性、
継続性がある。
しかも平坦だけでなく「谷」や「山場」も存在する。
だから児童はストーリー展開を楽しむのだ。

教科で言うと理科が良い例だ。
「疑問」「予想」「実験」「結果」「考察」でワンセット。
一単元に一本の柱が貫かれ、一つのストーリーが存在している。
しかも実験そのものが山であり、自分の予想と結果の相違にまた一喜一憂する。
理科ストーリーにはツインピークスの面白さが隠れているのだ。

一単元、一授業45分だけではなく、学年をまたいだストーリーもある。
既習事項をもとにして、今日の学習を進めるのだ。
「去年○年生の時に、□□をやったのを覚えていますか。
 それを利用して今日の問題が出来るかどうか、確かめてみましょう」
「そっか、それをすればいいんだ!」
今日の学習には昨年からの繋がり、ストーリーがあることを理解する。
学習は分断しているのではなく、縦の連携、継続性に気づくことになる。

教科では「導入」「本題」「結末/まとめ」などがあるが、
この流れの連続性、継続性を大事にしていきたい。
平坦なコースを歩かせつつ、ときにルート開拓して困難な崖も設定する。
そして最後には必ずゴールが待ち構えている。
途中で切って次を進めるのでなく、一貫性を持たせて進める。
こういった物語的な授業展開をしていきたいものだ。


以上「読み聞かせ」から学ぶことを紹介してみた。
目と耳が注がれる。目は輝かせ、決して声を見逃さない。
この集中力のエッセンス、
普段の授業で取り入れてみたいものだ。