その日の昼休み、話があるからと知花を誘い校舎裏に行った。

私のただならぬ雰囲気で、知花は何かを察知して一言も話さずにあとに続いた。

「熊本県の山鹿市に引っ越すことになった」

「なして」

私は父の転勤の事情を話した。

知花は、転校しない方法は何かないのか必死に訴えてきたが、もうどうにもならないことを繰り返し私は伝えた。

私が住むマンモス国鉄官舎の前に南中学校と南小学校はあった。

だから、親が国鉄勤務という生徒たちは実に小学校も中学校も多かった。

ゆえに毎年、転入転校生はたくさんいたのである。

私も小学四年生の時に、宮崎から引っ越してきたのだ。

国鉄の人事で父親だけが単身赴任で転勤先に行くなどということは、当時は皆無だった。

だから、親が転勤なら子供の転校は当然のことだ。

南小時代から親友である知花はそのことを痛いほど理解しているはずだ。

「なんか転校しなくてもいい方法があるはずやっど」

知花の方があきらめきれない様子だった。

その日、知花は終始無言で暗い表情だった。

私は知花の様子を見て、急に誰にも転校のことを告げる勇気が無くなってしまった。

仲の良い剣道部の仲間たちと別れたくなかった。

生徒会のメンバーともすこぶる仲が良かった。

クラスでは、7割近くが以前のように交流が出来るようになり居心地はとても良くなり始めていた。

私に対するイジメは、自然消滅しつつある。

私は、知花の言う通り何か転校しない方法がないか必死に考えた。

知花は、私が転校するということを誰にも話していない様子だった。

それから数日過ぎてからのこと、部活が終わり家に帰るとお袋が段ボールに服を詰めながら言った。

「今度の官舎は温泉がすぐ近くにあるみたいだよ。でも学校はね、ずいぶんと距離があるみたいなんだよ」

私はハンマーで殴られたような感じだった。

もうすでに住むところが決まっているじゃないか・・

せめて高校生だったら下宿する方法もあったかもしれないが中学生では無理だ。

私は、もはや運命には逆らえないと思った。

翌朝、隣の教室に行き知花を連れ出した。

「知花、今度行くところは温泉街じゃど。もう住むところも決まっちょった」

知花は返事をせずに俯いた。

「おいは、今日は稽古が終わったらみんなに話す」

「寂しくなっど、お前がおらんと」

私以上に知花が落ち込んでいるように見えた。

振り返れば小学校のころからいつも知花とは一緒だった。

たとえクラスが変わっても毎日のように遊んだ。

中学になると部活すら共に剣道を学び、今や私が主将、知花が副主将で名コンビと言われた。

私はいつも目立ったが知花は常に陰で支えてくれた。

映画は主演が私だが、準主演は知花だった。

私はヒーロー役で知花は数多くの悪役をこなしてくれた。

私はあくが強いから嫌われることもあったが、知花は誰からも好かれた。

女子からは信頼も厚かった。

私が親しい友人は知花も親しい友人になった。

私は、知花という存在がいなかったら、剣道部も主将を続けて来れなかっただろうし、映画も撮影はとうてい不可能だっただろう。

どんな時も味方になってくれた。

知花が納得してくれないうちは友人の誰にも話したい気持ちになれなかったのだ。

「映画はどうすっとか」

「どこまで出来っかわからんじゃっどん、ギリギリまで撮影はすっど」

「わかった、急がんないかんど」

どうやらわかってくれたようだ。

知花が急に頼もしく見えた。

部活が始まる前に体育教官室を訪ねた。

「入れ」

なぜか、その時、教官室は剣道部顧問の福田先生しかいなかった。

じろりと福田先生が私の目を見つめた。

福田先生は一瞬で何かを察知した。

「そけ座れ」

始めて椅子に座ることをすすめられた。

「はい、ありがとうございます」

私は事情をゆっくりと話した。

福田先生は腕を組み時々頷きながら話を聞いていた。

「残念じゃっどん、親父さんの転勤ならしょんなか。あんしゅ(剣道部の仲間達)も寂しがっどなー。かわいそうなこっじゃつどん、しょんなか(仕方がない)」

いつも怖いと思っていた先生が優しい目になっていた。

その日、福田先生は防具を纏い稽古をつけてくれた。

私は先生にトコトン鍛えられたが、とても嬉しかった。

稽古が終了して礼が終わった時、福田先生の方から私の転校について皆に話してくれた。

助かった。

自分からは言い出しにくかった。

私にとって知花同様に剣道部の仲間はまさしく家族だった。

これは、40年以上の歳月が過ぎた現在もその感覚は変わらない。

今日まで剣道部の友情と仲間の助け合いは続いており、福田先生ともいまだに一緒に酒を飲む。

すこぶる仲が良い。

私が転校することが決まってから、ますます剣道部の結束は強くなっていった。

数日後、あっという間に私の転校の話は広まっていった。

「真崎、わいが転校するち、ほんのこっか」

クラスで最初に聞いてきたのは真知原だった。

私は頷いてから笑顔を向けた。

「やっと精々すっど」

真知原言いながら嘲笑ったが、目は悲しそうに見えた。

錯覚か・・

放課後、教室を出ようとして、大沙湖に呼び止められた。

「真崎くん、転校すってほんのこっ」

「熊本に引っ越すことになった」

「さびしくなっね」

私は大沙湖にも笑顔を向けた。

大沙湖は笑わなかった。

考えてみれば大沙湖とは鹿児島に転校してきて以来ほとんど同じクラスだった。

幼馴染感が強かった。

大沙湖は友達が多い。

一気に広まった。

不思議だったが、同級生だけでなく、先輩や後輩からも声をかけられるようになった。

その中には一度も話をしたこともない、生徒たちも結構いた。

私は、決意したはずなのに、やはり転校したくないと言う気持ちが再び強くなっていった。

極め付けはラジオ放送だった。

当時、中学校では、ラジオ番組『鶴光のオールナイトニッポン』がいつも話題になっていた。

私たちは毎晩のようにオールナイトニッポンを聴いたものである。

深夜ラジオで喋りまくる鶴光が、リクエストの手紙を読み始めた。

『「鹿児島から熊本県の山鹿市に転校する真崎くんへ。熊本に行っても今と変わらずに元気に輝き続けてください。真崎くんを応援している女子より」リクエストはアリスのチャンピオンでーす。真崎くんっ、オレも応援してるぞ』

チャンピオンの曲が流れ始めた。

涙が溢れてきた。

ついに耐えられなくなり、声を出して泣き出した。

翌朝、教室でも部活でも、このオールナイトニッポンの話題で持ちきりだった。

私の転校はさらに学校全体に知れ渡った。

その日を境に、私はオールナイトニッポンがだんだん聴けなくなった。

またリクエストのたびにドキドキしてしまうのだ。

実際、その後二度も、私に向けたリクエストがあったことを友人たちから聞かされた。

私は転校したくないという思いで気が狂いそうにな気持ちになった。

それからしばらくして、土曜日の剣道の稽古が終わったあと、ふらりと生徒会室に寄った。

生徒会室には、副生徒会長の滝浪美乃がひとりでぽつんと座って本を読んでいた。

滝浪の読書量は半端なく、また成績も良かった。

偏差値は、全国レベルで上位の方だった。

彼女の父親は我が家と同じ国鉄職員だった。

彼女もやはり転校生で、私よりはるかに多くの転校経験があった。

生徒会の役員になった時に、彼女と転校とイジメの問題について話したことがあったが、彼女は他の生徒とは違ってとてもイジメ問題について意識が高く豊かな考えの持ち主だった。

お互いに転校生であること、彼女も宮崎市内から鹿児島に転校してきたことなど共通点も多々あり生徒会の中でも特に仲は良いほうだった。

私は彼女の前にぽつんと座った。

「どうした?元気ない。真崎くんらしくないよ。いつも誰よりも元気なのに」

滝浪はたくさん土地を回ったからなのか、鹿児島弁はさほど使わなかった。

私は本当は転校したくないけど、親の転勤で無理矢理連れていかれる辛さをこぼした。

滝浪は真剣に私の話を聴いてくれた。

彼女もまた、常に転校が辛かった思い出を話してくれた。

私のこの時の心境は、同じ境遇になった人でなければきっと本当にはわからないだろう。

滝浪も何度も何度も経験してきたことで、もしかしたら私以上に数が多かったので大変だったかもしれないと話を聞きながら思い始めた。

私は、自分たちがこんな目に遭うのは親のせいだ、親が子供の気持ちを考えないで昇格のために転勤をすすんで望んでいるのだ、と滝浪にぶちまけた。

しかし、優しい表情で聞いていた滝浪は、ゆっくりとこう話し始めた。

「私も最初は辛かったし、親のことを憎みたい気持ちもあったよ。
でもね、新しいところに行ってまた頑張ったらまた新しい友達が出来て知らないことをたくさん知ったりいろんな経験をしたり、感動的なこともたくさん出来たりして転校して良かったなぁていつも思うんだよね。
だからね、私は両親に感謝してるんだ。
私をいろんなところに連れて行ってくれて たくさんの経験を与えてくれて本当に感謝なんだよ。
真崎くんならきっと大丈夫だよ。
熊本行っても必ずたくさん友達出来るし、面白いことがいっぱい起きるよ。
今だってすごいじゃない。いろいろここであったのに、みんなに惜しまれてるでしょ。
凄いことだと私は思うんだ。
真崎くんが転校するのは、私もすごく寂しいけど、でも私だって真崎くんがあっちに行ったら熊本に友達がいることになるんだから、素晴らしいことだよね。手紙書くよ、私。
熊本行っても絶対大丈夫だよ」

私は滝浪美乃のこの言葉で本当の覚悟が出来た。

滝浪が言ったことは、今でも昨日のように思い出すことが出来る。

それは人生で忘れらない出来事となった。

「私、生徒会長に聞いたんだけど、真崎くん映画を作ってるんだって」

「うん」

「14歳で映画作るって世界中探しても誰もいないと思う。凄いことだよ。だから最後まで頑張ってね」

残された時間はもう僅かだった。

私は最後の力を振り絞って映画を完成させなければと決意した。

以下次回。


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-劇団制作-

Short Drama『告白』

 
【解説】
創設14年目を迎えた劇団真怪魚は、公演活動以外にも映画制作を目標に掲げています。本編はその準備に向けて、試験的に撮影、編集された作品です。
 
 
劇団真怪魚 座長の真崎 明(総監督)が、稽古用として執筆したエチュードを、映像用にシナリオ化して、副座長のねこまたぐりんが演出、撮影編集は河辺林太郎が担当しました。
 
 
出演は赤井ちあき、竜宮いか です。
 
 
本編『告白』は連続ショートドラマになっています。予想を超える展開で綴られてゆくドラマに、きっと あなたも魅了されるに違いありません。
 
 
※撮影は、コロナウィルスによる緊急事態宣言より前の2020年3月25日までに終了しております。(尚、続編の撮影はコロナウィルスの影響により、6月以降を予定しております)
 
 
上映時間 5分50秒
 

 
 
 
 
〜【特番】〜
劇団真怪魚の座長 真崎明がJ:COMテレビ番組『調布人図鑑』(様々な分野で活躍する調布人の紹介)で石原プロモーション 金児憲史さんと対談しました。どうぞご覧ください。
 

 
 
〜劇団真怪魚 広報部〜
 

 

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『劇団真怪魚〜2020年度研究生募集』

 

《入会は随時募集しています》
ー 稽古日 ー
毎週月曜日夜7時〜9時半 
        金曜日夜6時半〜8時
【金曜は、だるま体操&達真空手の基礎稽古になります】
入会金10000円 月10000円 
(高校以上学生 入会金7000円 月謝7000円) 
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稽古場  だるま堂療術院

 

 

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