国内完結型で産み分け|海外渡航なしで生検は日本・解析はタイの産み分け情報

国内完結型で産み分け|海外渡航なしで生検は日本・解析はタイの産み分け情報

産み分けに必要なPGT-Aを国内完結で可能に。国内大手クリニック×タイの最先端機器のタックが夢の実現。海外に渡航する必要がないから、お休みを取らずに高精度の着床前診断が可能になりました。

私は、広々とした部屋に1人、椅子に座っておりました。




壁は全面白で、マホガニーの大きな机の周りには15脚ほどの椅子が並んでいて、机の中央にはプロジェクターが置かれ、ここは会議室なんだろうな、などとぼんやり考えてました。

大慌てで体外受精を勉強してみたけれど、タイ語はもちろんのこと、英語も我流でおぼつかず、乏しい一夜漬け知識だけで、勝負しに来た人(あたしだよ笑い泣き)が、広い会議室で、偉い医師の到着を待っている。すべてはそこからはじまった物語。




ご想像通り,会社をやめてしまった私は、難航した離婚裁判(すべて私が悪い)で退職金も使い果たし所持金40万円びっくりを待って、タイで小さな部屋をかり、旅行会社「いちおしタイVIP」を法人登録しました。この会社はなんと!今も存続しています。



旅行会社を始めてから、私はいろいろな相談や問い合わせに対して、タイトルにある通り、すべて、できます!で通しました。なんせお金がなかったんです。

宝石詐欺にあった被害者の付き添いをして、怪しげなお店で交渉しお金を取り戻したり、新婚旅行で失踪してしまったらしい旦那様を説得したりと、ありとあらゆるトラブルを解決していました。(この時点で、もう旅行会社ではないなと気がつくべきびっくりびっくりだった)



受ける仕事は、ディナークルーズの予約か、カリプソショーのチケット販売など、「ちまちました」仕事ばかり。なんせ当時のライバルは、JTBバンコク支店やHIS。激安で種類も豊富なツアーが売れていましたねーひゅーひゅーチューくっそ。(爆

そんなふうにして、なんとか生計を立てていた私の元に、3人の息子さんがいて、女の子を望む一人の日本人女性の相談が舞い込みました。



そこで、産み分けってなんだろう。女の子がほしいとは具体的にどんな方法なんだろう。これが私の情弱ゆえの感想でございました。

私が知らなかっただけで、2009年当時、タイでは着床前診断による産み分けが1ヶ月に何件も行われていたのです。そして日本では、学会のガイドラインなんちゃらにより、産み分けなんでできないことをその女性からのメールで知りました。




私はいつものように嬉々として、即座に返信しました!はい、できます。エージェントとして力になります、と。そして冒頭の広い会議室でウィワット医師を待つ羽目になったんです。

私は、その日、メガネをかけたちょっと太っちょの偉そうな医師に訴えました。(ウィワット医師です)




この仕事をするために、タイでしかできない産み分けプログラムを日本の方に提供するために、日本の方を助けるために日本人エージェントとしてタイに来たのです。だから、少し話を聞いてくださいと。

それはまったくの出まかせだったのですが(なんの計画性もなくタイに来たのは、第一話、二話でもはなしたとおり)そして、その頃はただの弱小旅行会社を立ち上げただけの日本人。




でも言葉に出して、熱弁しているうちになんだか本当に私はこのためにタイにきたのではないかと思えてきたんです。(勘違いって偉大🤩🤩)

熱意だけで、私はセーフセンターと契約し、着床前診断についてそれこそ必死に勉強しました。

暇なのをいいことに(いつも暇だなw )培養室に入り浸り、精子の尻尾をガラス棒で擦って精子を動かないようにしてから、顕微授精をする方法や、細胞の取り方、ABCDと順番に液体を入れて行き、DNAをふやしていく培養の過程や検査の工程を見学させてもらっていました。


百聞は一見にしかず。文章で読めば理解できないことも、目に見える情報は面白くて、どんどん頭に入っていくんです。体験する、経験するってこういうことなんだなと実感しました。

そんなこんなで、第一号カップルが来る頃には、セーフセンターのスタッフ・培養士・ウィワット医師すべてがお友達。そして大成功を納めた第一号様は、私の気づかぬところでアメーバブログで広めてくださり、一つのブログから広がった輪は、私が思うよりも早いスピードで浸透し、広がって行き、日本から多くのご夫婦がタイに来てプログラムを受け、女の子をさずかっていきました。




それは、一時期Yahooニュースでも取り上げられるような勢いでした。

この頃から、契約を兼ねてタイから卵巣刺激薬剤を日本に持ち込み、ウィワット医師を連れて新宿パークハイアットで産み分けの面談を2012年からコロナが始まるまで行っていました。それは3ヶ月に1度の頻度で、土日に行われ、定員数は45名まででした。つまり、タイにくるお客様は2020年までは、だいたい1ヶ月に10件ケースでした。


2009年から2020年3月までに、私の1000例をこえるタイでの知識と経験は確実なキャリアとして積み上がって行きました。

小さな旅行会社でやっと生計を立てていた私が、興味を持てる仕事を見つけ、多くのお客様を成功に導く充実した日々を送っていた矢先えーん

そう、コロナが始まりました。




タイ行きの便は閉ざされ、日本からのお客様の渡航は不可能。当然、産み分けは不可能に。

なぜ何かを乗り越え(?)困難の先にやりたいことを見つけると潰されるのか(コロナは仕方がないことなのに、おもいきり他責思考)




コロナがトーンダウンしても、なんとなく海外旅行がしにくくなり、タイでのプログラムに限界を感じ始めていた時でした。

タイに行かなくても、日本で完結する方法はないだろうか。受精卵から細胞を取り出す生検さえ正確にできれば、検査はタイでできる。もっと便利でお客様の負担の少ない方法で、産み分け・生検・着床前診断ができないだろうか。

ここから国内完結型を考え始めたんです。

①建築士として②タイでのキャリアで2度も居場所を失った私は、3度目のスタートを切るなら、日本でも最高の培養施設を持つ病院とタッグを組みたいと考えました。

目をつけた病院にコンタクトを取り始めましたが、最初はフルシカト😭すぐさま銀座のクリニックの院長に泣きつき、紹介状をもらって理事長に面談を取り付けました。(今でもこのアイデアはかなりナイスだったと思っています。ラブ




そして、忘れもしない2024年の8月31日、ついに日本で一番パートナー契約したかったクリニックと一緒にやれることに。これが私の3度目の挑戦でした。国内完結型をはじめて、まだ1年近くとまだまだ新参者ではございますが、だいたい1ヶ月に10ケースをかかえるほどに成長しました!

私が数々の経験でつたえたいこと。それは
治療を受ける場所が重要なのだということ。

だからこそ私は思っています。




病院の規模だけでなく、初診で相談する医師の産み分けへの理解度と経験の大切さは計り知れない。その医師の考え方が、培養室の環境や培養士の技術「生検・顕微授精・着床前診断」の向上につながります。そしてそれらすべてが結果に影響するのであると。

私の自己紹介「なんと三部作」はここまでです。話しきれないこぼれ話は、オンライン面談で雑談いたしましょう!それではまた。