こっちはダメという容赦のなさ。 | シン・135℃な裏庭。

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容赦ない感じです。

しばらく前から気がついていたことなんですが、例えば、、ネットサーフィン的な感じで、ニュースを何となく読んでいたりしますよね?

それで、このニュースを読むと、何だか重くなるのはわかっているし、なんかが歪む的なのが、タイトルからわかるようなニュースってあるでしょ?

だけど、何となくイヤらしいワイドショー的な好奇心が勝って、開くとするでしょ?

そうするとね、その画面がフリーズして開かない、もしくはえらく時間がかかり、諦める。のような事が、すごくよくあるんです。


あーそやそや、すいません。。

すごく教育ママな存在が、この番組をみてはいけません!って。そんなんがあるんですわ。

皆様、ありますか?

スマホのニュースを一例にあげましたが、万事が何となくこんな感じで、、

これもしばらく前から気がついていたことですが、何気ない判断がすべて人生の岐路のような重大な決断を迫られるかのような日々で、

例えば、目の前のちょっとめんどくさい位置にゴミが落ちていたとして、それを拾うか無視するか、であったり、

駐車場代、仕事中の駐車場代ってすべてレシートをとっておいて、あとで精算するんですが、微妙にプライベートが混ざる駐車場代って時々でるんですよね。その駐車場代を仕事のと同じように提出するかしないか?

たいした額ではないんですが、私はしないようにしてるんですよね。これを。

でも、時々、ぶれる時があるんです。その時こそが、実は私の本当を試されてるような感じがしてならなくて、ここでも重大な決断を下すわけです。笑。

こういった岐路が『常』なんですよね。

ものすごく疲れているときに、スーパーやコンビニのレジで、ふくよかな表情でいられるか?とか。

失敗しまくりの息子に、失敗というものはそもそもない的な態度でいれるか?とか。

常に二つの道があって、それをクリアしていくゲームしてるみたい。

どうやら、私は『無意識』という領域にメスを入れているようです。

最近は、仕事の事なんですが、

過去うまくいった事例にもとずく判断と希望が、ことこどくシャットダウンする感じなのです。

これは、全く新しい判断や領域のほうに進まされているなあ。と。

全く新しい未知の分野はETCのゲートのようにパンパーンと開くのです。

で、仕事って経済だからね、すごく判断が大変ではあるけれど、通用しないなら、違う道を通ろっか。

年の瀬なのに、全く新しいことを二つはじめるこの頃です。

いやしかし、おもろいね🎵







小さな小さな苗をもらって、虫食いだらけだったんだけど、見事、大きくなりはじめているホウレン草おねがい 

虫除けにニンニクのかけらを所々に植えていたら、ニンニクのほうがぐんぐん大きくなっているという。。