血の赤と泥で染まった時間。 | シン・135℃な裏庭。

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『二、三日たって、父は長崎から真っ黒になって戻ってくると、


私にバケツ一つ持たせて佐世保駅に向かいました。


列車の中は、被爆なさった方々でいっぱい。


「水、水」と叫んでおられました。


血と泥とで膨れ上がった顔。


バケツにくんできた水を両手ですくって口の中に差し上げながら、


わき出てくる恐怖の中で

ありったけの力で水を差し上げ、


自分のブラウスでその方々の顔の血をふいていました。


血の赤と泥とで、染まっちゃったような、時間の中。


今でも熱があるとき、浮かんでくるのは、


あのときの、あの方々の顔です。



~~~~



十二年たって、吉行淳之介さんを好きになり、


初めて連れていってもらった二人の旅行は長崎でした。


何故、長崎なのかな。


私はうれしかったので、どこでもよかったのですけど、


彼が連れて行ったのは、長崎医大の跡、三菱の工場跡。


その場にたったとき、声ではなく、彼が


「オイ、佐賀!久保!」


と呼んだような気がしました。


それほど、もう何度も佐賀さん、久保さんというお友達の名前は聞いていたのです。


「僕の静岡高等学校時代の友人。


一番仲の良かった才能のあるやつだった。


僕はからだが弱くて、一年留年して東大にいったけど、


佐賀と久保は、長崎医大へ行って、すぐここにきて被爆した。


惜しいな、悔しいな、


二人が机を並べている影が見える気がする。


君を連れてきたかったところだよ」



私は黙って淳之介さんをみていました。


私は彼女を友達へ紹介しているような、


学生のときのような、


自分が幸せなとき、友達はここで一瞬で亡くなった悔しさと申し訳なさで………


もう、私の力では書けません。


とにかく、幸せの隣には、悲しさが……



やさしくありたいと思いました。



父は白血病でなくなりました。







『約束』より。



宮城まり子さん。。