(今日のお話は、昨日のつぼみと風のとしひろくんの大人になってからのことです。)
『これ、うちの子の編んだショールです』って、
どんなパーティーにもしていった。
それから、あなた女の子を好きになって
『結婚したいけどいい?』
って聞くから、『いいわよ』って
心から喜んだけど、その話は流れちゃったね。
あのこ、まだきっと、とっちゃんのこと好きよね。
………
そして、学園の隣にできた、『のどかな家』っていうのに移ったけど、
あなたには駄目ねぇ。
あそこはね、年をとりかけて、病気になって、ねむの木に入っていらっしゃった人が多いから、
ほっとくと、なんにもしない老人たちという感じになる。
だからあなた、織り機をのどかでやると、
子どもたちの声を聞かなかったり、びっくりするような色彩に逢えなかったりで、
色彩が、センスなくなるみたい。
とっちゃん、
な~にもしないで、ただ起きて、食事をして、ちょっと訓練してのんびりして、また食事して寝るだけ。
それだけでも、ありったけの人はそれでいいけど、
何かやりたいと思う人は、遊んでたら駄目。
稽古ごとは毎日やらなきゃ、駄目よ。
思いきって言うけど、
とっちゃんと40年間、わたしと一緒はあと二人だけ。
ねえ、これからあなたが生きて、99才くらいになって、
寝ては食べ、ぼ~としてご飯食べ、お風呂に入り、眠り、そんな老人になりたいの?
一生織物を織り続けて、
立派な匠が作品を残していくのと、
どっちをとるの?』
初めてである。
40年経って、こんなこと言ったの初めてである。
とっちゃんが言った。
『お、おかあさん、ぼく、ものをつくる人、職人でいたい。
一生懸命勉強する。
努力して、努力して、がんばる。
ごめんなさい。悪かった』
『そう、うれしいな、
高校専修科だよ、がんばってね』
とっちゃんの目が潤んで、
涙が滂沱と流れた。
それは美しい涙だとおもった。
……
私はきつかったのであろうか?
このままのんびりと、介護や治療に浸っていたら、
人間としてもったいない。
6才の時から40年見てきた子だ。
誰にも言われないのに、
こんなきびしい言葉、いけなかったであろうか?
何という私はいじわるな人間になったのだろうか。
楽しく、ただ笑って過ごすのも、けっこう。
それもけっこうだけど、
不思議な才能を持つ、病気を持つ子に、
私は、こんな励まし、よかったのであろうか?
一生涯勉強しても勉強してもあまることないはず。
いつまでもいつまでも
初心で造形に接するなんて、
素敵。
朝、全員教室で挨拶の時、
斉唱している言葉さえ、慣れて流れているのではないだろうか?
『わたしたちは
造形の神のたまわれた試練を
恩恵とうけとり
あらゆる困難にたえ
楽しく 強く そしてたよることなく
やさしく あくまでもやさしく
感謝し ものごとに対処し
根気よく 自分の造形に挑戦したい
心おどるであろう
これがわたしたちのやったことだと』
学校が併設された時、
まり子が職員に言われ、つくった言葉だ。
『励ますために』
と言われて……
『まり子のねむの木45年』より。
宮城まり子さん。。

*本日のあじさい