今回は(なぜか)伯爵の短編です(´・ω・`)



「……何やってるんだ」

 私の背中に声が飛んできた。振り返ると、ゴンベエが立っている。私は両手の人差し指と親指で引き延ばしていた頬を戻した。

「血行を良くしてるんだよ。見りゃわかるだろ?」

「わからんわ。大体、そんなことやっても貴様の死体じみた顔色は治ることはない」

「やっぱり?ファンデーションでも塗ろうかなぁ」

 うん、それがいい。

 私は自分で自分の意見に相槌を打った。

「俺様だけにこっそり教えろ。……バカなんだろう?」

 かわいがる要素のない奴だなぁ。こっそり唇を尖らせる。と、ゴンベエは気づいたらしく、眉を寄せた。

「なんだよぅ~」

 拗ねたように言ってみる。

「貴様まるでガキだな!だから独身なんだろう」

 そういえば、明日はバレンタインだった。長く生きていると日付を忘れがちだ。

「独身?……妻はいたさ。私に合わないほどかわいかった」

「”かった”?」

「”かった”」

 ゴンベエが何かしら察したのか、とたんに気まずそうな顔をする。わかりやすいな、オイ。微笑を浮かべながら、ふと昔を見た。

「……まさかあれか。『死』で始まって『だ』で終わる状態か」

「しかも三文字だ」

 それを聞いて、ゴンベエがそわそわと視線をさまよわす。

「トイレか?」

「今の状況でそれ言うか?冗談だろ」

「あぁ、気なんか使わないでくれよ。もう悟ったんだから」

「もう少しいい表現だったら泣くところだった」

 私は苦笑しながらポケットに手を突っ込んだ。手に触れたロケットペンダントを手に取り、ふたを開けてゴンベエの前に突き出す。もうすっかり色あせた写真の中にとらわれたように、でも幸せそうに、狂おしいほど愛おしい女性は笑っていた。ほほ笑みという上品なものではなく、満面の笑み。

「どうだ?マリアはかわいいだろう?」

「……お前にもったいない」

 まったく、皮肉しか言わない。唇を尖らせると、ペンダントを開いたまま、手を引き寄せた。

「本当はどっかで生きてるんじゃないかと思ったんだ。駆け落ちまでした相手が私を置いていくはずないと。でも、どこを駆けずり回ってもいくら呼んでも、――死に顔だけが横たわっていた」

 後を追って死ぬ勇気もマリアを冷たい地面に埋める勇気もなかった。ただ涙だけが止まらなくて、まだよくわからなくて……。いつしか、隣に寄り添っていたその人はいなくなっていた。

「すまん、トイレ行っていい?」

 きまり悪そうに顔を固めているゴンベエ。わかりやすい嘘をつくなこいつは。もしも私とマリアの間に子供がいたら、こんな感じだったのかな。もうちょっと素直な子がいいんだが。でも、こいつだったとしても私はとことん愛したんだろう、きっと。いや、もちろんゴンベエは私の息子同等なんだが。

 ふと何を思ったのか、ゴンベエの頭を撫でてやろうと思った。手はもちろんすり抜けた。

「だめだな~。ゴンベエ、お前触れるようにならないの?」

「悪いがならないな。なったとしてもお前には触られたくない」

「またまたぁ、冗談ばっかり」

 ペンダントのふたを閉じ、ポケットに突っ込んだ。歯を見せて笑う。ゴンベエはまたいつものしかめっ面に戻っていた。少しは笑えばいいのに。私だってできたんだから。

「散歩でも行くか?」

「吸血鬼は暇でしょうがないな。しかし俺様も暇だと思っていたからついて行ってやらんこともない」

「素直に行きたいって言えよな……」

 見えない息子を隣に並べ、夜の街に出た。チョコレートの甘い匂いに食欲は感じない。永遠に闇になれたままの目では、まぶし過ぎるショーウィンドウも覗けない。吸血鬼になった後にマリアが死んで、私がよみがえらせたらずっと二人でいられたんだろうか。チョコレートを贈りあう恋人たちを自分の姿に重ねる。

「ゴンベエが女の子だったらカップルに見えるのにな~」

「今日からあたしの一人称にしてやろうか」

「お、サービスいいねぇ」

「冗談だ。大体、外からは俺様は見えないぞ。つまりお前は幻と会話する頭のおかしい変態だ」

 ゴンベエがこちらを見て、またそっぽを向いた。

「変態は取り消せ。……マリアが生きてたらチョコレートもらうのになぁ」

 写真の色はなくなった。たぶんこれから生きていくうちに、写真さえなくなってしまうんだろう。でも、頭の中で、あの頃の思い出は色付いたまま残っている。

 忘れん坊の俺のことだ、きっといつか、新しい思い出で君のことを覆いつくしてしまう。それでも俺は君を想い続けよう。とうとう置けなかった花束の代わりに、また寄り添えることを祈る。

「……泣くほどチョコが欲しいなら俺様が買ってきてやるぞ」

「……せめて作れよ……」