「すごかったな、ドラキュラ!」

 俺の感情の高ぶりはいまだに治まっていなかった。

「ん~?そういえば飛行機は初めてだったな、お前」

 もう目になじんだ黒いトランクを持つ手を変えながら、ドラキュラはほほ笑んだ。

 俺達はもう随分と長い間一緒に旅をしていた。数年、いや数十年、あるいはもっと長いのかもしれない。ゴンベエという名にも慣れた。前の名前も後から思い出したが、口に出さなかった。そのうち、まっさらに忘れてしまった。ドラキュラはいろいろなことを知っていた。聞くことは大体なんでも知っているので、なんだか少し悔しい。

 ここは日本という国だそうだ。生きていたころには知る由もなかっただろう。そこで初めて、自分が眺めていた世界の小ささに気が付いた。

「……そもそも、どうして海を越える必要があった?空をあんなに近くで見る体験にはとても満足したが」

 死んだ時、目が見えなくなる直前に俺が見たのは炎に覆われた赤い空だった。だからだろうか。蒼く澄んだ空はとても美しく思えた。待ってましたと言わんばかりに、奴がにやっと笑った。

「日本の女性は綺麗らしいぞ」

「このスケベめが」

 これはいらない知識だったな。だが、綺麗というなら俺のガールフレンドにしてやってもいいかも……。

「何を言うんだよ。下心こそ男の本懐、私は自分に正直なんだ」

 ドラキュラが不服そうな顔で人差し指を立てる。俺は鼻を鳴らして、そっぽを向いた。

「ったく、むっつりスケベだなぁ」

「むっつりは大目に見てやるとしてもスケベは取り消せ」

 ドラキュラは顎に手を当て、少し考えると、ぱあっと顔を輝かせた。

「いっそのこと、ゴンベエじゃなくてスケベエにしたらどうだ?」

「寝ているときに貴様の洗濯前の靴下を口に突っ込んでやろうか」

「冗談だよ、怖いな」

 表情が若干ひきつっている。俺は姿の見えない太陽がわずかに光を残したこの道路の先を見つめた。

「いきなり日本に来てしまったが、まさかこの俺様を野宿させる気じゃあるまいな?」

「当たり前だろ。私はそんなに向こう見ずな奴じゃにゃーぞ」

 ドラキュラが腰に手を当て、得意げに言った。

「立派な洋館を用意してある」

 立派な洋館、か。まぁ俺の城には及ばぬだろうが、ここらへんにぽつぽつと見える庶民的な家よりはいいだろう。さて、どんな家なのか。

 俺はあれこれと考えながらふわふわとドラキュラの隣に並んでいた。

「おい、どこまで行くんだ!」

 背後から声が聞こえた。俺は一人で立っていた。ドラキュラが後ろの方で空いている手を振っている。

「俺様を置いていくな!身の程を知れ伯爵ふぜいが!」

「ゴンベエが勝手に行っちゃったんだろ。早く来いよ」

 俺は急いで引き返した。

「ここが新しい家でーす」

 ドラキュラが門の前で片腕を広げた。

「……」

 干からびたツタが巻き付く鉄格子のような門の奥には、古びた洋館が見えた。石造りの壁は煤け、ガラスの何枚かにはクモの巣状のひびが入っていた。手入れされていない庭がさらに不気味さをかきたてている。

「……幽霊でも出そうだな」

 第一印象はその一言に限った。

「じゃあゴンベエ、記念すべき幽霊第一号だな」

 ドラキュラは戸惑う様子も見せずに洋館の扉へと歩んでいった。

「待て、俺様をこんなところに置いていく気か!?愚か者!」

 あわててドラキュラの隣につく。笑顔でカギを開けるその姿が憎たらしい。壊れそうな音を立てながらドアが開いた。

「ひっ」

 俺の喉から甲高い音が漏れる。

「幽霊のくせに幽霊を怖がってどうするんだよ」

 ドラキュラが半ばあきれた口調で呟く。

「何のことだ?俺様がおそれるものなどこの世には存在しないぞ」

 ――実のところ、俺は『幽霊』とか『モンスター』とか絶対に自分が有利な立場に立てない相手、または状況にとてつもない不安と恐怖を覚えるのだ。空元気を出し、ホコリ臭い洋館の玄関ホールに足を踏み入れた。脚はないんだが。

「あっ!」

「ぎゃあ!」

 いきなり声が聞こえ、思わず飛び上がった。振り返ると、ドラキュラがニヤニヤしながら立っている。

「ふ、貴様にしては見事な演出だな。反応しないと哀れなので仕方なく驚いてやったぞ」

 俺は腕を組み、そこに立ちどまった。

「かわいいな、うちの息子は……」 

 ドラキュラが微笑みを浮かべながら玄関ホールに入ってきた。

「灯りはないのか。別に俺様のためではなく、貴様が見えなかったらと考えての発言だからな」

「わかってますよ、ゴンベエ様」

 からかうような口調で言われ、目を吊り上げる。ドラキュラは気に留めない様子で、あたりを物色するように眺めた。

「――ランプは後で買って来よう。それまで月明かりで何とか」

「ふざけるな、転んだら危ないだろ。さっさと明るくしろ」

「お前幽霊じゃん。転びたくても転べないだろ」

 月の心細い明かりではまともにいられる気がしない。俺は眉を寄せ、ドラキュラをにらんだ。

「俺様の命令は絶対だ!」

 玄関ホールに俺の声が轟く。

「もう、うるさいなぁ。子供がそんなに目つき悪くするもんじゃありません。何なの、不良ぶってるの?それとも反抗期?」

 ドラキュラは顔をしかめながら、玄関ホールにあるドアを一つずつ開けて中を確かめた。

「この洋館、私の友達に紹介してもらったんだが……前はマッドサイエンティストが住んでいたそうだ。最期まで引きこもっていたようだがな」

 そして、遠い目をして語りだす。

「生涯かけてアンドロイドを作り、この洋館のどこかに隠した、と友達は言っていた。まぁあいつのことだから実のところは知らんが」

 目だけをこちらに向けて、薄笑いを浮かべた。

「探してみたら?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


続く→(`・ω・´)


ゴーストの系譜シリーズ

『ゴーストの系譜』

ゴンベエが死(以下略)


『ヴァンパイアの二重奏』

まだ致命的弱点があるころの伯爵が出てくる


『鳥籠の夜想曲』

回を重ねるごとにゴンベエがかわいく見えてくる